80 ビンタで勘弁してあげようと思ったのに
「戻った!」
デジレが人間の姿に戻り、ムーシュは嬉しそうな声をあげた。
自分の推測が当たっていたことに対する嬉しさが大半を占めていそうな気がするのは、私の感受性の問題なのかなぁ。
無事に戻れてよかったねっても思ってるだろうし、特別気にすることではないし、まあいっか!
問題は人間の姿に戻ったものの、意識を失ってしまっているデジレのことだ。
シェミーとアズダハーの戦いが終わるまでに、話を全部聞いてしまいたいけど、全然起きる気配がない。
「起きて!!」
大声で何回か叫んで、体をゆすってみるが、苦しそうな声はもらすものの、意識は戻らなかった。
なら仕方がない。
「起きろ!!!!」
私はちょうどこいつを殴りたかったので、起こすついでにその目的も同時にやってしまうことにした。
頬をばしばしと勢いよく叩く。
握りこぶしで何回も殴るのはかわいそうだと思って、やめてあげた私に感謝してほしいものだ。
「うわ~、痛そう。魔法で起こせばいいのに」
「それはなんというか、優しすぎない?」
「でもエイリーに何回も叩かれるの、過酷すぎない?」
「え? でも本当は全力で殴りたかったところを、これだけで済ませてやってるんだから、十分じゃない?」
「鬼か?」
「天使と言ってほしいんだけど?」
鬼とはなんだ失礼な。こうやって、手加減してやってると言うのに。
私が何かを喋るたびに、ドン引きするのやめてくれないかな、ムーシュさん。
十数回叩いたところで、やっとデジレは目を覚ました。
「……っ! いた、い……!」
「おはよう、デジレ。気分はどう?」
いろいろなことを置いておいて、最高の目覚めをプレゼントするべく、にっこりと笑顔を浮かべてあげる。
私、やっさし~!!
「えっと、その。あ、悪魔のほほえみっすか……? す、すみませんっす!」
「天使のほほえみだよっ! 間違えるなよ、バーカ!」
腹が立ったので、グーパンチを顔面にお見舞いする。
なんだよ、せっかく笑ってやったのに、悪魔のほほえみって。
「結局、殴るじゃん」
「今のはどう考えてもデジレが悪いから!」
ムーシュは呆れた表情で言うが、いやいやいや、それはおかしいだろ!
デジレが余計なことを言うのが悪い!
「目の前で起きてることを、そのまま言葉にしただけじゃん?」
「ええ、あんなに可憐な笑顔を浮かべてあげたのに? あれを悪魔のほほえみだって?」
「さっきまで敵対してた人間に、優しい笑顔見せられたら、それは怖いよ」
「うーん、それもそうか?」
確かにずっとやりあってた人に、笑顔を見せれたら怖いかもしれない。
私も魔王に満面の笑みを浮かべられたら、ぞっとする。
でもなぁ、起きた瞬間に悪魔のほほえみって言われるのはなぁ。嫌な気分になるよねぇ。
「まあ、なんでもいいから話聞かない?」
「それもそうだね」
ムーシュの言う通りなので、彼を一応拘束し、魔法で怪我を治す。
流石に逃げ出す気力はないだろうから、拘束する必要もないとは思うけど、何があるかわからないしね。
「綺麗に怪我を治してくれた、優しい私に感謝するんだね!」
「その怪我をさせたのも、踊る
「何か言った?」
「なんでもないっす!」
即座に否定したので、聞かなかったことにしよう。
「それで? なんで魔王側についてるの?」
「直球っすね」
「だって、それが聞きたいんだもん」
「まあ、そうっすよね……」
デジレはどうしても話したくないらしく、目線をそらし、笑って誤魔化そうとする。
え、何? そんなに話すのが気まずい内容なの?
そういうのは考えてなかったなぁ……。
「好きな人でもできたの……? 禁断の恋愛しちゃってるの……?」
「してないっすよ!」
「じゃあ、恥ずかしい秘密でも握られてるの……? それは話したくないよね……」
「よくない方向に話が進んでる気がするっす」
それはさっさと話をしないデジレが悪いよね。
そうやって濁そうとするから、気になるよね。変な気つかっちゃうよね。
「じゃあ、何なの? 魔王とか悪魔とかにいいように使われてまでも、そうしないといけない理由があるんでしょ。私とかベルナとかでは解決できない、何かがあるんでしょ」
「……はは。自意識過剰じゃないっすか?」
「信じちゃ悪い?」
何を信じるかなんて、私の自由だ。
だったら、過ごしてきた時間を、楽しかった時間を、信じてもいいじゃん。
顔を両手でつかみ、デジレと視線を無理矢理合わせる。
「だから、逃げるな」
ちゃんと、話してほしい。
話を聞いてから信じる信じないを決めても、遅くはない。
「……自分勝手すね」
「今更それを、私に言う?」
「それもそうっすね」
諦めたように笑うと、デジレは目を閉じた。
どうしても、目を合わせたくないみたいだ。
人の目を見て話すのは、疲れることも緊張することもわかる。
だから、思いっきり頬をつねってから、手をはなす。
彼はきっと、話してくれるだろうって思ったから、もう目を合わせる必要はない。
デジレは地面を少しの間、見つめていた。
私とムーシュは、ただ静かに待っていた。
「……信じたいんすよ、僕も」
そして、デジレはゆっくりと口を開いた。
「妹が、いるんっすよ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます