81 なるほどねぇ

「……妹!? 妹いたの!? マジで!?」


 デジレの兄弟いる発言に思わず声を出してしまう。

 そっか、お兄ちゃんだったんだ……。そうなんだ、へぇ……。


「うおっ、言ってなかったっすけど、そんなに驚くことっすか!?」


 私が大声で叫ぶもんだから、デジレは体をびくっと跳ねさせた。


「だって、お兄ちゃんとか解釈違い」

「解釈違いってなんっすか」

「絶対一人っ子だと思ってた。百歩譲って、弟だと思ってたっ!」

「百歩譲ってってなんすか、譲るも何も僕は兄なんすよ」


 そうなんだけどさぁ。なんだかすっきりしないよねぇ。

 デジレがお兄ちゃんねぇ。不満だ。


「エイリー、話がそれてるよ」


 むすっとして文句を言い続けそうな私に、ムーシュはさっさと釘をさしてきた。


「でもだってぇ」

「本題じゃないんだから、それ終わってから文句言いなよ。優先順位ってのがあるでしょ」

「それもそっか」


 別に言っちゃダメって言われるわけじゃないし、聞きたいことさっさと聞いて、お兄ちゃんだとか今までのこととかにさっさと文句を言おう。文句たまってるしね。

「結局、文句は言われるんっすか」ってデジレがぶつぶつ言ってたような気がするけど、それは耳に入ってこなかったことにした。


「それで、妹ってどういうこと? どんな関係があるの?」


 そう言って、ムーシュが聞きたいことを聞いてくれる。

 たぶん、話が逸れる前に聞いちゃおうって思ったからだろうなぁ。

 私もそう思うからありがたい。


 改めて聞かれると、デジレは黙ってしまった。

 なんて言葉にしたらいいのか、わからないみたいだった。


「人質にでも取られてるの?」


 とりあえず、誰にでも思いつきそうなことを言ってみる。


「まあ、言っちゃえば、人質っすね……」


 肯定するものの、含みのある答えだった。

 人質って言いたくないみたいな。

 ええ、進んで人質に出すことってあるの?


「人質じゃないの?」

「僕にとっては人質じゃないっすよ。魔王に協力してるのは、妹が理由っすけど」

「意味が分からないんだけど?」

「そうっすよねぇ」


 わかってるなら、さっさと説明しろよ!

 ごちゃごちゃ説明してないで、一言で言えばいいんだよ、一言で!


「考えたくはないけど、妹が魔王だか悪魔だかを好きになっちゃったから協力することにしたみたいな、そんなあほなことでも言い出したの?」


 デジレが魔王に心酔している様子はない。

 だとしたら、考えられるのは妹がそうなってしまったとしか考えられない。

 う~ん、名推理!


「……そうだったらいいんすけどね」


 違うのかよ、おい。

 しかもなんで、「妹のわがままに付き合えたら本望なのに」みたいな感じで落ち込んでるんだよ!


「もう、死んでるんすよ、妹」

「……っ!」


 なるほど。その一言で話が見えた。


「生き返らせようって言われたんだ」


 デジレは視線を落とし、そしてうなずいた。


「馬鹿じゃないの」


 魔王が言ったのか、悪魔が言ったのかはわからないけれど、そんなのいいように使うためだけのに言う言葉に決まってるじゃないか。

 そんなことがわからない奴じゃないだろうに。


「はい、馬鹿っすよ!」


 デジレは声を荒げた。


「馬鹿っすよ、自分でもわかってるっすよ。でも、でも。そこにわずかな可能性があるなら、それにすがることも、ダメなんすか!」


 こんなに感情をあらわにするデジレを、初めて見た。


「僕には、妹がいれば、妹だけいれば、それでいい。それ以外何もいらない! 生き返るなら、なんだってする。なんだって捨てられる」


 デジレの藍色の瞳が力強く私を捉えた。


「妹を生き返らせてくれるなら、人の敵にだってなってやる。魔王が人を滅ぼそうと僕には関係ない。用済みになって殺されたってかまわない。妹が生き返るなら、それで」


 だから、魔王に進んで協力しているんだ、とデジレは言った。


「なるほどねぇ」


 デジレを突き動かしている理由を聞いて納得したら、思ったより気の抜けた声が出てしまった。

 デジレは目をぱちぱちさせて驚いてるし、ムーシュはあのさぁと呆れた表情を浮かべていた。


 雰囲気ぶち壊しだよってか!?

 うん、私もちょっと思った。


「デジレが妹に死ぬほど依存してることがわかった」


 ここからまた重苦しい雰囲気に戻すのもあれだしなぁ。

 そういうの苦手だし、なにより疲れるしなぁ。

 肩の力が抜けたし、結果オーライということで。


「妹が大好きで大好きで、なんとしてでも生き返らせたいのはわかったけど、でもやっぱり、馬鹿だよ」


 魔法があったって、人は生き返らない。

 記憶を持って生まれ変わることはあるけれど、それは別の人生を歩む別の人だ。


「でも!」

「可能性なんてないよ。仮に生き返ったとしても、それは別の何かだ」


 ルシール・ネルソンわたしが、エイリーわたしになったように。

 海住恵衣わたしが、エイリーわたしでないように。


「デジレが好きで好きで仕方ない妹は、もう戻ってこない。死んだんだ」

「……うるさいっ!」


 う~ん、はっきり言い過ぎたかなぁ。

 普通に大好きな人が死んだら、すっごく悲しいし、すっごく辛いよねぇ。


「でも、それを理化しておかないと、苦しいのはデジレだよ」


 もしかしたら生き返ってように見せる手段があるのかもしれない。

 だとしたら、別物だと実感したときに、今の何倍もデジレは絶望する。


「諦めることも大事な一歩なんだよね、実は」


 お、なかなかいいこと言ったんじゃない?

 私、天才か?


「うるさいうるさいうるさい!」


 聞きたくないと言うように、デジレは叫ぶ。


「どうせ、あんたにはわからない! だからそんな言えるんだ!」


 関係ないけど、デジレが「っす」ってふざけた言葉づかいしないと、違和感あるよねぇ。

 うざいなぁと思ってたけど、あれってデジレの個性だったんだね……。


「聞いてるっすか!?」

「おお! 戻った!」


 やっぱり、口癖ってそう簡単に消えるものじゃないんだね! 安心した!


「エイリー、そういうところだよ。だからわからないなんて言われるんだよ」


 黙って話を聞いていたムーシュが口を開いたと思ったら、これだ。

 私へのフォローが一切ない。


「え!? 傷ついたんだけど!?」

「どう考えてもエイリーが悪いでしょ」

「でもでも! 私もいろいろ言われて傷ついてるんだけど!?」

「そうなの!?」


 なんでそこで驚く!?

 私だって傷つくときは傷つくけど!?

 うるさいうるさいって大声で言われたら、びっくりするけど!?


「だったらちょっとは見えるようにしなよ」

「うーん、確かに?」


 ガチで傷ついたかと言われると、まあ60%くらいかなとはなる。

 こういうところなんだろうなと何となく思った。

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逃亡した悪役令嬢は隣国で踊る戦乙女と呼ばれています。 聖願心理 @sinri4949

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