78 意外とノリがいい奴?

 その後もさまざまな苦労を乗り越え、私たちは邪竜がいる部屋近くについた。


「やっとついたよぉ」


 はああと深いため息をつくと、シェミーもメリッサも何も言わず苦笑いを浮かべた。

 ふたりとも言葉にしないだけで、相当疲れているように見える。


「ひとつひとつは厄介じゃなかったのに、数が重なるとこんなに厄介になるとは……」


 数の暴力とはこのことである。

 体で実感させられた……。


「まあ、この先の邪竜を倒せば一息つけるよね?」

「たぶん、おそらくは、きっと」

「そんなに確定できない!?」

「だって、倒して一見落着ってわけにはならないし」

「それはそうだけど!!!」


 少しは「そうだよ」って言ってくれてもよくない!?

 必要な嘘もこの世の中にはあるんだよ。

 そう言ってくれることで元気になる人がいるんだよ、ここに! 主に私!!!


「ああもういいよ! さっさと倒してさっさと出よう!!!」


 ちょっと、ほんのちょっと不機嫌になった私はずんずんと歩き出した。

 少し遅れて、シェミーとメリッサが付いてくる足音が聞こえてきた。



 * * *



 部屋が近づくと、『ギャオオオオオオオ』という咆哮がだんだん大きくなってくる。

 うーん、この耳がキーンとなる感じ、久しぶりだなぁ。


「じゃあ、いくよ」


 一応、シェミーとメリッサの方を見て確認すると、ふたりともこくりとうなずいた。


「オッケー。乗り込むよおおお」


 ふたりの準備もできたので、勢いよくドアを蹴った。


「なんでドアを蹴ったの!?」

「なんとなくっ!」

「なんとなくでやらないで。無駄に刺激してどうするの!?」

「そのときはそのとき!」


 蹴って壊れたドアの先には、一匹の邪竜がいた。

 そこまで大きくないけれど、強さはそこそこありそうだった。

 まあ、そんなの関係なく倒すんだけど。


 気合いを入れ、さっさと片付けちゃおう。

 そう思ったとき、邪竜の後ろから出てきた。


「やっぱり来たね」


 そう言って姿を現わしたのは、やっぱりというか予想通りというかアズダハーだった。

 彼女の顔を見た瞬間、私の頭はあることで埋め尽くされる。


「やったああああああ。そっちから出てきてくれたあああああ!!!!」


 よっしゃ、ここから出られるんじゃね!?

 アズダハーが出てきてくれればこっちのもんよ。

 少しはなんとかなる可能性が出てきたでしょ!!!


 わーいわーい!!

 ちょっとテンション上がってきた!!!


「うおっ!? なんなんだお前!? 気が狂ったか!?」


 私の叫びに、アズダハーがとっても驚いた顔をした。


「ねえねえ、アズダハー。さっさとここから出してよ。お願いだよ」

「出すわけないだろ」

「そこをなんとか」

「値引き交渉とかそういうんじゃないんだよ、わかってる!?」

「わかってる!」

「わかってるなら頼むなよ」

「言ってみたら案外なんとかなるかもしれないじゃん?」

「ならないっ!」


 そこまで言い切ると、はあはあと息が上がっている。

 ここまで付き合ってくれるなんて、アズダハーいい奴じゃん。少し見直したよ。


「なんなんだよ、お前……」

「私? エイリーだけど?」

「そういうことじゃないっ!」


 おお。乗ってくれた。

 意外とこいつ、ノリいいな。


「話が進まない」

「じゃあ、ここから出して?」

「それは無理って言ってる!」


 そっか、流されてくれないか~。残念。


「でも、ここに連れてきたのは、アズダハーでしょ? 出口とか出る方法とかわかってるんでしょ?」

「それは知ってるけど。教えるわけない。ドゥルジ様の命令で、あんたたちをここに閉じ込めたんだし」


 どうやってもアズダハーは考えを変えるつもりはないようだった。

 まあ、当たり前なんだけど。

 そう簡単にはいかないよねぇ。


「じゃあ、力づくってことでいい?」

「いいよ、できるものならね」


 何やらアズダハーが妖しげに笑った。

 何か奥の手でもあるのか?


「あの邪竜、倒してみなよ。あれは、あんたもよく知っている」



 ――――デジレ、だけどね。



 アズダハーはそう言い切った。

 信じられないことを言い切った。


「は?」

「聞き取れなかった? じゃあ、もう一回言ってあげる。あれはドゥルジ様の力で邪竜になったデジレだよ」


 不敵に笑うアズダハー。

 その表情には意地悪いものは感じるが、悪いと思っているものは全く感じられなかった。


 あれが、デジレ?

 何を言ってるんだ、こいつは。


 アズダハーに向ける感情がわからなかった。


「……アズダハー」


 静かな声が響き渡った。

 声のした方向を見ると、いつも穏やかなシェミーの、無表情な顔があった。


 直感的にわかった。

 シェミー、ものすごく怒っている。

 今までにないくらいに、怒っている。


 ひえええ、こわ。怖すぎる。

 でも、気持ちはわからないでもない。

 しかも、アズダハーは、シェミーの妹ともいえる存在だ。


「はは、どうしたの、姉ちゃん?」


 想像以上に怒っているシェミーに、興奮した様子でアズダハーは答えた。


「どうしたの、じゃない」

「そんなに怒らなくても。所詮、あいつは人間だ」

「アズッ!」


 シェミーが声をあげ、そして自分を落ち着かせるように深呼吸をした。


「アズ」

「何? 姉ちゃん」

「あなたを倒せば、ここから出してくれる?」

「さあ?」

「聞いたのが間違いね」


 一度目を閉じ、そしてゆっくりとシェミーはまぶたを開いていく。

 その瞳は決意のこもったものだった。


「あなたを正して、私は、私たちはここから出る」


 シェミーがにらみつけると、アズダハーも真剣な顔つきになる。


「その言葉そっくり返す。姉ちゃんの考えを、私が正すよ」


 長い時間を経て、魔王に作られた姉妹の喧嘩が始まった。






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