131 生きるための手段
「メリッサとチェルノの親父さんはね、砂の国・イスキューオの外交官だったんだ」
ムーシュはそんな言葉から話し出す。
「外交官?」
「砂の国は鎖国してるとか言ってるけどな、鎖国なんてしてないんだ」
「どういうこと?」
「砂の国は砂漠に囲まれてるでしょ? 街とか村とかあるオアシスまで辿り着くのは、ぶっちゃけしんどいんだよ」
「そりゃ、確かに」
「そして王都は奥の方にあるから、着くまでにかなり疲弊してるんだよ。死ぬ人の方が多いかなぁ」
言われてみればその通りだ。砂漠というものに名残のないこっちの人たちは、苦労どころの話じゃなく、生死を分けるものになるのか。
砂漠ってなんか辛そうだもんね。
「砂の国から他の国に行く時もそう」
「だから、鎖国みたいなことになってるの?」
「そういうこと」
ムーシュはそう頷いて、話を進める。
「でも、まあ国の外の様子は知りたいじゃん? 科学技術が発達して、砂漠を越えることができるようになったから、外交官が派遣されることになったんだよ」
「それが、メリッサたちのお父さん?」
「そうそう。王命を受けた親父さんは、メリッサたちを連れて外国を目指したのさ」
「ちょっと待って。なんで仕事に子供連れてくの?」
危険そうで大事そうな仕事に、子供連れてくのはまずくない?
「頼れる身内がいなかったらしいよ」
「そうなんだ。で?」
「いや、反応軽いでしょ」
「あんたに反応しても仕方ないでしょ。で、続きは?」
そんなの、日本じゃそこそこ聞く話だったからなぁ。片親とか親戚と縁切ってる人とか。
というか、ムーシュに同情みたいな発言しても意味ないでしょ。
「まあ、無事に貴族の国・マカリオスについて、普通に親父さんは仕事をするわけ」
「メリッサたちがこうして、こっちで生きてるもんね」
「そんなある日、メリッサとチェルノは攫われた」
「……人攫いか」
人攫い、というのは、身分関係なしに子供を攫い、奴隷として売る悪逆非道なものだ。
マカリオスでは、人攫いが多い。王族と貴族が権力を握る国なので、まあ需要があるのだ。国も国土が広いので、細かいところまで手が回らないのだ。
「砂の国の民なんて珍しいもの、狙われるに決まってるよねー。で、そんな奴隷として売られそうになってるメリッサを見つけたのが、あたし」
「最悪だ」
「幸運だったと言ってほしいな!」
「悪魔に助けられるなんて、最悪でしょ」
「あたしはまだ、優しいほうなんだけどなぁ!」
「でもなんで、メリッサに目をつけたわけ?」
ムーシュの言い分を無視して、私は話を進める。ムーシュは悔しそうな顔をしていたけど、私の質問に大人しく答え始めた。
「凄い魔力量を秘めていたから」
「砂の国の民なのに?」
「あんまそれ、関係ない。砂の国の民でも魔力量多い人は多いよ。ただ、魔力が外に出せない体質なの」
「へえー。物知りだねぇ」
「当然。何百年も生きてるんだから」
「そっか、ババアか」
「ババア言うな!」
上級悪魔は長生きだ、と言うより簡単には死なない。
そう考えると、物知りで当然なんだよな。長生きしてると暇そうだし。
「まあ、あたしが唯一の救いみたいな状況だったわけさ。だから、メリッサはあっさりとあたしと契約したよ」
「そんな状況じゃないと、悪魔と契約なんてしないもんねぇ」
それ以外の状況で、悪魔と契約するなんて、ルシールみたいな馬鹿しかしない。
「で、あたしはメリッサを魔法が使える体にした。それでメリッサとチェルノは逃げることに成功したんだよ。でも、親父さんとは会えなかった」
「どうして?」
「逃げ出した時には、もう帰国してたんだ」
「妥当な判断か、悲しいけど」
砂の国の外交官の子供が攫われた。決して小さい事件ではない。下手をすればマカリオスとイスキューオ、二つの国が対立しかねない。
隠蔽するために、マカリオスが半ば強制的に帰らせたのかもしれないし、心配になったイスキューオが帰還命令を出したのかもしれない。だが、どちらにせよ帰らせるのが手っ取り早い。
「簡単に砂の国には帰れない。帰る前に命は尽きるのは目に見えていた。だけど、こっちで暮らすにはお金が必要だった。でも子供を雇ってくれるところなんて、そうそうない」
「残酷だけど、逃げ出さない方がマシだったかもね」
「そうなんだよなぁ」
「あんた、この状況を狙ってたんじゃ、ないの?」
悔しがるように言うムーシュを見て、驚きを隠せない。
「狙ってたわけないじゃん。路頭に迷う子供を見て、何が楽しいんだよ」
「……は? じゃあなんのために契約したわけ?」
「将来的に体を譲ってもらうためだよ」
「“今”じゃなくて?」
「どうして焦る理由があるの? 時間は飽きるほどあるってのに」
「……変わってるね」
「あんたに言われたくないな」
「あははっ」
「あははは!」
そう言いあって、私たちはおかしくなってしまい、ふたりで笑い出す。
なんだ、こいついい奴じゃん。仲良くできそうだよ。
「面白いね、ムーシュ」
「こっちのセリフだよ、エイリー」
そう言って私たちはノリで、握手を交わした。
こんなに愉快な悪魔っているんだね。
「それで、どこまで話したっけ?」
「メリッサたちが路頭に迷いかけたとこまで」
「そうだったね」
そう言って、ムーシュは声のトーンを真剣なもの戻す。
「それでね、幸か不幸か
「それで、任されたのが秘宝盗み?」
「そう言うこと」
波乱万丈なんて言葉で表せないほどの人生じゃないか。よくここまで生きてこられたね。
「でも、どうして、秘宝なんか」
「決まってるでしょ」
すっと、息を吸ってムーシュは衝撃の事実を口にした。
「魔王様を復活させるためだよ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます