57 お姉ちゃんお兄ちゃんっ子の王子

 私は、ぽかんとしながらその男を見てしまう。

 銀髪、海の色をした瞳、筋肉質ではないが、強そうではある。


 ……って、そんなことを、考えてる場合ではない。

 私は彼の目の前に座り、


「ごきげんよう。私は、エイリーと申します。あの、失礼ですが、お名前をお伺いしても?」


 と貴族の笑顔で話しかける。

 やれば出来る、エイリーちゃん降臨。


「君がエイリーか。聞いている話と印象が違うな」

「聞いている話とは、どのような話でしょう?」


 誰から聞いた話だ。誰がこいつに私の話をしたんだ。

 ただわかることは1つある。――――ロクでもない話に違いない。


「面白い奴、というのは皆、口を揃えて言っていたな」

「面白い奴、ですか」


 というか、私の質問に答えろよ。お前はどこの誰だよ。


「ああ、ベルナも、コランも、ファースにグリー、レノも言ってたな」


 …………はい、分かりました。この人の正体、分かっちゃいました。


 –––––––アナクレト・マスグレイブ。アイオーンの第二王子だ。


「そうなんですね、アナクレト王子」


 にやり、と笑みを浮かべて私はアナクレト王子を見る。


「……ふん、やっぱり面白いな、君」

「そんな事はどうでもいいんです。それより、私に何の用ですか?」


 私は、今までの会話の流れを無視して、彼がここにいる理由を尋ねた。


「では、城に向かいながら話そうか」


 とアナクレト王子は言って、出発の指示をする。

 かたかた、と馬車はゆっくりと走り出す。

 この馬車に乗っているのは、私とアナクレト王子だけ。レノはあくまで護衛なので、御者の隣に座っている。


「それで、私のことをわざわざ迎えに来ていただいたのはどうしてですか?」

「迎えに来たんじゃない、会いに来たんだ」


 大した意味の違いは感じられないけどなぁ。


「どっちも変わらなくないですか?」

「変わる」


 うん、あれだ。この人、めんどくさい人だ!


「まあ、どっちでもいいですけど。私にわざわざ会いに来てくださったのは、どうしてですか?」

「君に興味があったからに決まってるだろう」


 何を当たり前のことを聞いてくるんだ、という表情をするアナクレト王子。

 いや、分かりませんけどね。


「どうしてですか?」


 そもそも、マスグレイブ兄弟は、どうしてそんなに私に興味を持つのだろう? 仮にも王族なのだ、彼ら彼女らは。


 私なんて、英雄視されてはいるものの、所詮、一般国民が祭り上げているだけ。

 それに私は、ここ、アイオーンでは、名家ででもなんでもない、一般国民。そんなに興味を持つほど面白い存在でもなんでもない。


「姉上も、兄上も、君に会ったというのに、どうして僕だけが会わないんだ? そっちの方がおかしいだろう?」

「知りませんよ……」


 え、何、それだけのために私に会いに来たの?! わざわざ?!


「君、失礼なこと考えているよな?」

「いえいえ、そんなことないですよ! 決して、お姉ちゃんとお兄ちゃん、挙げ句の果てに弟妹に、仲間外れにされるのが嫌だから、私に会いに来たとかそんなことは考えてませんよ!」

「……かなり失礼だな」


 はっ、いけない、ついつい本音が出てしまった。てへっ☆


「それに、それは間違っている。僕が兄弟に仲間外れにされるのが嫌だから、君に会いに来ただと? そんなわけないだろう?」

「ですよねぇ~」


 絶対、嘘だ。

 クール系に見えて、実はかなり負けず嫌い? そして、お姉ちゃんお兄ちゃんっ子? だから、跡継ぎ争いにも参加してるのか?


「なんだ、その目は」

「なんでもないですよぉ〜」

「……気持ち悪いな、君」

「貴方もかなり辛辣ですよね、アナクレト王子」

「君に言われたくないな」

「ひとついいですか? 君って呼ぶのやめてくれません?」


 こいつは、人の名前を呼ぶ気がないのか? 私のことを君、君、君って呼んでくる。

 正直、うざい。名前で呼んでほしい。


「君の名前を呼ぶ価値なんてないだろう? まあ、僕の仲間になってくれるなら別だがな」


 ふざけたことを言うな、とアナクレト王子は顔をしかめる。


 おおおお? なんだか、王族っぽい発言だぞ?

 今までの出会った、マスグレイブ兄弟の中で一番王族っぽいこと言ってるぞ?

 いや、まあ、他が自由人すぎたり、寛大すぎたりするんだけどね。


「仲間、ですか?」

「そうだ。なんでも、姉上の勧誘も、兄上の勧誘も断ってるらしいじゃないか。ここで僕が君を引き入れることができたら、僕は圧倒的に有利になれる」

「正直に話すんですね」


 欲が見えすぎて、若干引くけど。まあ、嫌いじゃない。


「今更隠すことでもないだろう? 僕は、王になりたいんだ。それは、姉上も兄上も同じだ」

「まあ、そうですよね」


 皆さん、跡継ぎになるために必死ですもんね。そんな活力どっから湧いてくるのか、私には謎である。


「だからだ。君の望むものをなんでも与えよう。だから、僕の仲間になってくれないか?」


 真剣な瞳で、アナクレト王子は私を見てくる。

 本気なんだ、というのが、よくわかる。

 これは、お姉ちゃんお兄ちゃんに構ってほしいから王になりたいんじゃないんだな…。

 だけど、私は。


「お断りさせてもらいますね。ベルナのも、コランのも断りましたし」


 あっさりと断る。


「どうしてだ?」

「決まっているでしょう、めんどくさいからです」


 本当に、めんどくさいのだ。

 派閥争い、というだけでもめんどくさいのに、国王様に依頼され、ファースたちと協力関係を築き、その上また誰かと協力するなんて、私はそこまで器用じゃない。


「それだけか?」


 あら鋭い。彼の瞳の色は、翡翠色とまではいかないけど、近い色をしているから、嘘だと確信は持てないが、勘が働くのだろう。


「まあ、他にもありますけど、大方はめんどくさいからですよ」

「……これ以上押しても、君は頷かないだろうな」

「話が早くて助かります」

「それに、もう時間切れだしな」


 残念なそうにアナクレト王子はそう言うと、馬車の窓から外を見る。


 もうすぐ近くに、王城が迫っていた。

 やっぱでかいし、豪華だなぁ……。


 そんなことを思いながら、王城を見ていると、からからと回っていた車輪が止まった。

 どうやら着いたようである。

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