63 傷を消した女の子

「そんな顔しなくても、私はシェミーを助けるよ」


 震えてるシェミーを私はそっと抱きしめる。


「エ、エイリー……」

「成功するかどうか、私が不安だっただけ。でも、大丈夫。きっと成功する」

「ありがとう、エイリー」

「困った時はお互い様でしょ」

「それも、そうだよね」


 シェミーは安心したのか、体から力が抜けた。その様子を見て、私もホッとする。

 シェミーが落ち着いたので、私は一つ質問をすることにした。


「ねえ、シェミー。どうして“今”、決心したの?」


 遅かれ早かれこうすることになっていたのだと思うが、どうも急すぎる。私としては好都合なので、なんの問題もないけど。

 だが、やはり違和感を全く覚えないわけではない。


「……出来るだけ、早い方が良かっただけ」


 ぼそり、とシェミーは呟く。


「どうして?」

「私が、早く忘れたいというのもあったけど、それだけじゃない。……身の危険を感じたの」

「……あの、不自然な視線のこと?」


 最近、シェミーに集まる怪しい視線のことを思い浮かべる。私が気づいているんだから、当の本人が気づいてない筈はないだろう。


「やっぱりエイリー、気づいてんだ」


 困った顔をして、シェミーは笑う。まるで、それの正体を知っているかのように。


「それがなんだか分かってるってことだよね?」

「証拠はないけど、あれはゼーレ族の人たちだよ」

「どうして、シェミーを?」

「簡単にいうとね、あの人たちは、ゼーレ族の里を復活させたいんだよ」

「ああ」


 その一言で、なんとなく分かってしまった。

 ゼーレ族の里が滅びたというか、されたのは、最後の族長が独断でそれを決め、さっさと里を出て行ってしまったからである。


 だから、それに納得してる者もいるし、いない者もいるのだ。大方、納得してない人たちがシェミーを狙っているのだろう。


「でも、どうしてシェミーを狙うの?」


 理由はなんとなく分かっていたが、私はそう尋ねた。


「大体、察しがついてるでしょ」

「まあね」

「……想像してる通りだと思うよ。私が、ゼーレ族の族長の娘だから。しかも、先祖返りを起こした、ね」

「先祖返り……?」


 流石の私も、ゼーレ族の先祖返りがどんなものなのかはわからなかった。

 勉強不足だなぁ。歩くゼーレ族百科事典失格である。


「そ。ゼーレ族の特徴は、嘘を見抜く力と、幻想魔法が効かない、でしょ? そして、ゼーレ族の族長の血が濃ければ濃いほど、幻想魔法が使える。それは知ってるよね?」

「勿論」

「それに加えてね、昔のゼーレ族の一部の人は、を持っていたんだよ」

「なんか、聞いたことある。けど、最近のゼーレ族はそこまでの人は誰もいなかったでしょ?」

「うん、だから先祖返り」

「ああ、そういうことね」


 だから余計に、復活させたい人たちに狙われているのか。納得がいった。

 ゼーレ族の族長の血筋に、先祖返りの力。私もその立場だったら、どんな手を使ってでも、ほしい人材だ。


「わかったよ、シェミー。だったら今すぐ始めよう」


 こうしている今も、シェミーの身の安全が完璧に約束できるわけではない。


「ありがとう、エイリー」


 シェミーは何度目かのお礼を言った。


「じゃあ、詳しい説明をするね。

 手順を説明する前に、まずはひとつ。記憶を封印する過程で、私はシェミーの封印したい過去を見ることになる。嫌だったら、私が見ないように工夫はするけど」


 シェミーに悲惨な過去を思い出せさせたくないので、私はそこを深く追求しなかった。どうせ、見ることになるし、辛い思い出なんて、聞きたくもない。興味がないわけではないけど、私にしては珍しく、好奇心より背徳感が優った。


「ううん。私に気を使って、聞かないでくれたんだよね? でも、見てくれて、構わないよ。話すのはまだ辛いけどね」

「わかった。私も、目を逸らさずにちゃんと受け止める」


 シェミーの言葉に私も覚悟を決める。シェミーの過去に向き合うことを。逃げるのは得意だけど、ここで逃げないことを。


「でも、誰にも言わないでほしいかな。このこと全部」

「わかってるよ」


 流石にこのことを誰かに話す勇気はない。


「じゃあ、手段を説明するね。

 まず、シェミーには特殊魔法で眠ってもらう。だから、私が色々やっている間シェミーの意識はないよ。

 次に、特殊魔法を使って、ゼーレ族の力の根源を断つ。

 それが終わったら、そのまま幻想魔法で、記憶を封印する。

 これで終わり。こういうと簡単そうだけど、かなり難しいからね? 失敗する確率の方が高いからね?」

「そんなに念を押さなくても大丈夫だよ。失敗しても、エイリーを恨まないし、エイリーも気に病まないでね?」


 笑いながら、シェミーは言ってくれるけど、こういう場合、シェミーと親しくしていた人たちには恨まれるんだよなぁ……。まあ、恨まれたところでどうってことないけど。


「わかってるって。そんなんで気を病む性格に私見える?」

「見えない」


 即答である。流石に即答は、傷つくよ?!

 私だって、少しは気に病むよ。人間だもの。


「酷いっ!」

「あははは。ま、始めよ」


 シェミーが笑い、開始を促してくる。


「そんな軽く流さないでよ!」

「こんなことも、最後になるかもしれないんだから、別にいいでしょ」


 同じ調子で重い内容を言ってくるので、私は戸惑ってしまう。

 急にシリアスにするな! 反応に困るんだよ、マジで。


「そうだ、ね。はあ、なんか気が抜けたわ。じゃ、始めるから、ベットに寝て」

「はーい」


 そう返事をすると、シェミーは一言も喋ることなく、ベッドに寝て、目を瞑る。

 私はクラウソラスを握り、魔法を使う準備をする。かたかたとクラウソラスを握る手が震えている。柄にもなく、緊張してるみたいだ。


 ……馬鹿みたい。女は度胸! 何事も挑戦しないでどうするの!

 私は私に喝を入れ、クラウソラスを握り直す。

 私は、できる! 失敗しても、なんとかなるさ!

 ふ、と息を吐き、私はステップを踏み始める。


「夜が来るよ、夜が来るよ。夜に飲まれる前に、眠りましょ。何もかも忘れて、眠りましょ。良いことも悪いことも、リセットしましょ。おやすみおやすみ。さあ、眠りましょ」


 睡眠魔法が発動し、シェミーの微かな寝息が聞こえてくる。

 ここが正念場。やったことのない作業を、ぶっつけ本番でやらないといけない。


「見たいものを見せよ!」


 呪文をうたうのがめんどくさくなって、短い言葉だけの呪文になる。これはシェミーの力の流れを見るだけの魔法。だから、そんなにコントロールが難しいわけではないので、呪文を省略しても大丈夫なのだ。


「お、見える見える」


 魔法は成功して、シェミーの体の上に血管のような管が、浮かんで見えた。その管を青い液体――――魔力が通っているのだ。魔力が集まるのは、通常の人間は一箇所、心臓だけである。


 だが、ゼーレ族には、もう一つ魔力が集まる場所がある。脳である。そこが、ゼーレ族の力の根源だとされている。

 つまり、そこに繋がる管を切ってしまえば、ゼーレ族の力は格段に抑えられるのだ。魔力が循環しないのだから当然だ。

 管を切って繋がるのは、魔法を使えば簡単にできる。問題は、管の数だ。かなり数があるので、魔力と集中力が試される。


 私の場合、魔力はなんの問題もないだろう。しかし、集中力が不安だ。私は飽きっぽいので、同じ作業を続けることなんてできるわけない。こんな作業、シェミーに頼まれなかったら絶対にやってない。


「さっさとやってさっさと終わらせよ」


 私は気合を入れ直した。



 * * *



 結果を言うと、なんの問題もなく成功した。

 シェミーは綺麗さっぱり過去のことを忘れてたし、ゼーレ族の力も“幻想魔法が効きにくい体質”で収まった。


 これで、シェミーは本当の意味で、第二の人生を歩みだしたのだ。

 復活派のゼーレ族の監視も、だいぶ緩くなり、今ではさっぱり見かけない。

 これで、良かったんだと思う。シェミーが幸せなら、それでいい。


 シェミーの過去は、残酷過ぎた。普通の人として生きたいならば、捨てるべきだ。


 だけど。

 運命は残酷だから。いつか、無理矢理向かい合う日が来るかもしれない。


 その日が来ないことを、私は願うしかない。

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