20 ミリッツェアとのお話

 気まずい空気の中、私たちは王城に到着した。

 到着すると、ブライアン専属の使用人たちが出迎え、ブライアンの客を通す部屋に連れて行かれた。


 パーティー前からブライアンに会わないといけないのか。

 喧嘩する自信しかないんだけど、どうしよう。

 あいつと喧嘩なんかしたら、パーティー前に疲れちゃうよ。

 ただでさえ、パーティーって疲れるのに!!


 なんて意気込みながら、部屋に入るとそこにはブライアンなんていなかった。

 驚いたのは一瞬。すぐに喜びがわき上がってきた。


 ブライアンがいないって最高!


 そんな喜びに浸っていると、視界にある少女が入る。

 それで、私はまた驚く。


 ――――ブライアンがいないのに、どうしてミリッツェアがいるんだろうね?


「じゃあ、エイリー。パーティーが始まる前に迎えに来るから」

「ちょ?!」


 ファースが笑顔で去ろうとする。

 なんで?! ファース、一緒にいてくれるんじゃないの?!


「俺は、パーティーの事前打ち合わせがあるから」

「それ当事者除いてやること?!」


 主役ふたりを抜いてやる、事前打ち合わせって何?!


「エイリー、そういうの嫌いだろ?」

「嫌いだけどさ。でもさ?!」


 私だけをここに置いていく気?!


「それに、ミリッツェア嬢はエイリーに話があるんだよ。ですよね?」


 ファースがミリッツェアに聞くと、ミリッツェアはこくりと頷いた。

 えええ、ミリッツェアが私に話あるの?! 嘘でしょ?!


「というわけだから。俺は失礼するよ」

「ねえ、ファース。置いてかないで?! この状況困るんだけど?!」


 そんな私の嘆きを無視して、ファースは静かに出ていった。

 私は敵陣にひとり残されてしまったのである。


 くぅ、ファースがこんなに非情な奴だとは思わなかった。

 酷くない? 酷くない?!


 そんな私の様子を見て、ミリッツェアはくすくすと笑い出した。


「そんなに私とお話するのが嫌? それとも……」


 ミリッツェアは、後ろに控えている紺色の髪を持つ少女に視線を移す。


「この子と一緒にいるのが嫌?」


 口は笑っているのに、目は鋭く私を捉える。

 雰囲気がめちゃくちゃ悪役令嬢だ。この子、ヒロインだよね?!


 紺髪の少女の名は、リュリュ・ゼビネ。

 ルシール・ネルソンの元取り巻きで、ルシールにはよくいじめられていた。

 家格が低かったというのもあるが、いつもおどおどしていて、自分の意見をはっきり言えないという性格がいじめられた理由だと思う。

 そんなんだから、ミリッツェアがリュリュを救い出し、今はこうしてミリッツェアの庇護下にあると言うわけなのでした。めでたしめでたし。


 いやいや、そういうことじゃなくて!

 つまりは、私は非常に気まずいんだよ。


 私がリュリュをいじめたわけではないんだけど、いじめた記憶はしっかりと私の中にある。

 嫌だねぇ。本当、なんてことをしてくれたんだ、ルシール・ネルソン。


「エイリー?」


 私が気まずさに黙っていると、ミリッツェアが私の名前を呼ぶ。

 その声は怒ってるようでもあったし、何も感じていないようにも感じたし、心配しているようにも聞こえた。


 …………ミリッツェア、恐ろしい子。


 本当はこの子が悪役令嬢なんじゃないの?!

 見た目はいかにも、『私がヒロインです☆』って感じするけど、中身やばいよ?!

 ビジュアル詐欺なんじゃない?!


「どっちも嫌だよ。勘弁してよ」


 仕方がないから、私は正直に言うことにした。


「ミリッツェアと話すのも、リュリュと顔を合わせるのも、変な罪悪感があって嫌だ。私、何もしてないから余計に」


 私は今、何も悪いことはしてないのに、警察官を見ると逃げ出してしまいたくなる、あの気分だ。


 いやあね。見た目は、ルシール・ネルソンだし、ルシールの記憶だってあるけど、私は何もしていない。むしろ、こういう不都合を押しつけられた私が、最大の被害者だと言っても過言ではない。事実だ。事実なんだよ!!


 私は声を大にして言いたい。

 ルシール・ネルソン、お前ふざけんなよ、と。

 私は何も悪くない、と。


「そういうこと?」


 きょとんとした顔で、ミリッツェアは私を見つめてくる。


「他に何があるって言うの?」

「てっきり、私は嫌われているのかと」

「なんで? 別に私自身はミリッツェアに恨みはないし。好きも嫌いもないよ」


 だって、私は嫌いかどうか判断するまで、ミリッツェアと話してないし。

 記憶の中のミリッツェアだって、いじめられてる彼女と物語の中のミリッツェアしかいないし。

 特別な感情を抱くほど、ミリッツェアのことをどうこう思ったことはない。


 ただし、ブライアン、あいつは別だ。

 あいつは見た瞬間から、嫌いだと思った。喧嘩をして、本当にそう思った。

 あいつは気にくわない。


「そうなのね……」


 何故か安心したように、ミリッツェアは言った。


「何をそんなに心配してたの?」

「私のことが嫌いな人に、無理矢理私の問題の解決しろ、とは言えないじゃない」

「……そんなこと気にしてたの」


 なんて純粋なんだ。ヒロインみたい。いや、正真正銘のヒロインだけど。


「じゃあ、エイリーに問題の解決方法、探してもらってもいいのかしら?」

「もう引き受けちゃったし、ぼちぼちやるよ」

「ありがとう」


 ほっと息を吐いたミリッツェアは、天使の笑顔を見せてお礼を言ってきた。

 不覚にもどきりとしそうになった。

 これだから、ヒロインは! ヒロインは!!


 私とミリッツェアがほののんとした空気になていると、そこに邪魔をするように声が響く。


「……どうしてミリッツェア様は、その方とそんなふうに会話をできるのですか」


 隠された怒りと戸惑いがにじみ出るような、静かな声だった。

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