59 事情聴取あるいは面談

「では、ルシール・ネルソン嬢。色々と聞かせてもらおうかしら?」


 冷ややかな声で、王妃様が告げる。ここからの会話の主導権は王妃様にあるようだ。

 うわぁ、なんか本当に面接っぽくなってきたよ……。

 私、面接嫌い。そもそも好きな人なんていないだろう。


「どうぞ、なんでも聞いてください」


 私は挑発するように言う。敬語を使うのも怠くなってきたのだ。このくらいは許してほしい。


「随分と素直なのね」

「どうせ、あなたに嘘を吐いてもバレるでしょう?」


 ゼーレ族には嘘は通じない。


「賢い子は嫌いじゃないわ」

「ありがとうございます?」


 どうしてこう、お礼が疑問形になってしまうのだろう、私は。嫌味に聞こえるから、仕方ないんだけど。


「じゃあ、まとめて聞くわね。だからまとめて答えて頂戴」

「はい」


 めんどくさくなって、返事を『はいはい』ってするとこだったよ! ギリギリのところで堪えた私、偉い!


「偽名を名乗ってまで、ここアイオーンに来たのは何故? 性格が変わっているのはどうして? レベルはどうして、そこまで上がったの? 仮にも公爵令嬢でしょう? そして、どうしてこの街――――王都全体にもならに幻想魔法をかけているの?」


 大量大量、本当に大量。質問したいのは分かるけど、いくらなんでも多すぎでしょ! いっぺんに言い過ぎ!

 王妃様は満足した顔で、こっちを見ている。一段落、といった感じで。うぇぇぇ、まだあるのかよ。

 だが、それを顔には出さない。出してはいけない。


「偽名を名乗ってまで、アイオーンに来たのは、一言で言うと、家出ですね。まあ、他の質問も大体、家出してきた理由で片付けられますよ」

「詳しく説明してくれるかしら?」

「良いですけど、約束してくれませんか? 誰にも言わないでください。勿論、マカリオスのネルソン家にもです。私がここにいることを含めて」


 まあ、報告されてもまた逃げるだけなんだけどね。逃げるが勝ち、とはよく言ったもんだ。

 国王様と王妃様は、渋った顔をしたが、しばらく考えた後に了承してくれた。


「私、嫉妬に狂って悪魔と契約しそうになったんです」


 なんから話せば迷ったが、やっぱりエイリーわたしが始まったのはこれが原因である。


 はあ? 何言ってんなこいつ、みたいなぽかーんとした顔を国王様も王妃様もしている。

 そりゃそうだよな、こんな軽い感じで話す話じゃないよな。


「まあ、契約する前に踏みとどまったんですけど。そのせいで、人格とステータスがおかしくなったんです」


 正確には、前世の記憶が蘇ってそのおまけでステータスがついてきたんだけどね。まあ、このくらいの誤差は“嘘”にはならないだろう。

 記憶は、“自我”を構成する重要なもののひとつ。記憶喪失になると性格が変わる、という話があるし。だから、人格が変わった、といっても間違いではない。


 実際、“エイリーわたし”の人格は、どちらかというと“海住恵衣”に近い気がするし。


「本当……のようね」


 嘘を吐いてない、と分かっていても、聞き返したくなる話だろう。


「だから、私逃げ出してきたんですよ。マカリオスから。悪魔と契約しそうになったなんて知られたら大変なことになりますし。それに、他にも色々やっちゃってましたし」

「まあ、ルシール嬢のいい噂はいかなかったな」


 国王様が頷きながら言う。

 そういうとこだけ同意するのやめてくれません? 事実だから、言い返すこともできないんですけど!


「まあ、お主がここにいる理由はなんとなく分かった。

 お主は、今や“踊る戦乙女ヴァルキリーエイリーだからな。このことはどこにも言わない。好きなだけこの国にいるといい」

「……今の言葉、忘れないでくださいね?」

「そんなに疑わなくても大丈夫だ。それともあれか? 我の言葉が信じられないか?」


 国王様が、威圧をかけてくるが、段々とこの雰囲気にも慣れつつある私は、


「いえ、そういうことではありません」


 と、普通に言葉を返すことができた。

 順応するのは早い、エイリーちゃんだぞっ☆

 ……うん、気持ち悪いからやめよう。


「では、最後に大事なことを聞いていいかしら?」


 王妃様がより一層真剣な表情をして、私を見つめてくる。

 ただ事ではなさそうだ。


「なんでしょう?」

「……貴女、ゼーレ族の知り合いはいない?」

「……」


 私はその質問につい黙ってしまう。


 、ゼーレ族の知り合いは。マスグレイブファミリーの他にも。

 王妃様や、ファースたちマスグレイブ兄弟が、先に私の中に浮かべば、うまいやりようはあったのかもしれない。


 しかし、『ゼーレ族』と聞いて、私の頭の中に浮かんだのは、彼らじゃないゼーレ族の子だった。


「いるのね。一つだけ聞いていいかしら? その子は、使かしら?」

「……っ!」


 あからさまに反応してしまう私。

 かなりまずいことになった。事態は悪い方向へと進んでいる。早めに軌道修正をしなければ。私は、頭をこれでもかってほどに回転をさせる。

 が。


「そう、ありがとう」


 私の反応から、王妃様は答えを得る。王妃様の方が何枚も上手だ。


 ――――王妃様が、幻想魔法が使えるかどうか尋ねたわけ。

 それは、その子が族長に連なる血をひいているかどうか知るためだろう。

 ゼーレ族の族長の一族は、幻想魔法が使える。血が濃ければ濃いほど、不自由なく使えるのだ。


「その子のこと、教えてもらっていいかしら?」


 きた。絶対、尋ねてくると思ってた。


「……言えません。その子との約束なので、私は何も言えません」

「そう。まあ、大体は分かるのだけれどね? 私が当てれば、その子との約束は破ったことにはならないわよね?」


 ファースたちが、王妃様に報告したに違いない。『翡翠色の瞳を持つ少女がいた』と。

 それはそうだ。王妃様には、ゼーレ族には、必死にその子を探す理由があるのだから。

 殺気を込めて、私は王妃様を睨む。これ以上、私はボロを出すわけにはいかない。


「ああ、勘違いしないで欲しいのだけれど。私は、その子の平穏を願っているの。その子の幸せを心から願っているわ。そこは、信じて頂戴」


 王妃様は私の殺気を感じ取ったのだろう、そんなことを言ってきた。言い訳、とは一蹴できないほど、真剣な目をしていた。


「……だったら、何故、深く入り込んでくるんですか?」

「守るためよ。知らなかったらいざという時、どうすることもできないでしょう。

 今のゼーレ族は大きく2つに分かれているの。ゼーレ族の里を復活させるか、させないか。私は、勿論させない派よ。ここにいたいからね。させない派は、その子に手を出そうとはしないわ。だって、言ってしまえばもうどうでもいいからね」


 王妃様はそこで一呼吸を置く。そして、さらに真剣な顔をして話を続ける。


「でも、復活を目指している人たちは違うわ。これだけ言えば、貴女には分かるでしょう?」


 ……分かる、分かってしまう。


「だから、私にもその子――――シェミー、だったかしら?、を守る手伝いをさせて欲しいの。だって、族長が、アニスが望んだものを証明したものなんですもの」


 アニス、というのはシェミーの母親だったはずだ。懐かしい目をしながら王妃様は話すので、かなり親しかったのだろう。

 ここまで、誠意を持って話している人を無下にはできない。私も、そこまで酷い人ではない。


 ……シェミーには悪いけど、約束を破るのが、よさそうである。


「……分かりました。失礼ながらお願いがあります」

「何かしら?」

「ふたりきりで、話せないでしょうか? ……貴女様に全てお話しします。シェミーのこと」


 私の申し出に、王妃様はちらりと国王様の方を見る。……出て行け、と言っている。


「わかった。では、我はこれで失礼する」


 と、あっさりと国王様は席を立って、部屋を出て行った。

 うわぁ、怖いわぁ。国王様に何も言わないで命令しちゃうとか、怖いわ、この王妃様。


「では、話してもらいましょうか、シェミーという娘のこと。その後は私が知っていることすべてを話します」

「いいのですか?」

「情報共有は大事でしょう?」

「そうですね、全てはシェミーを守るため必要なことですもんね」

「ええ。では、始めましょう」


 こうして、私と王妃様の二者面談(?)が始まるのであった。

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