閑話 ミリッツェアの独白
「……本当に帰っちゃったわ」
空を見上げながら、私、ミリッツェアは呟く。
召喚獣に乗って、飛び去ってしまったエイリーの姿はもう見えない。
「逃げるが勝ち、とか思ってそうだな」
「同意しますわ」
隣で呆れるように、ブライアン様がため息を吐いた。
このエイリーの一件で、なんだかんだ一番振り回されてたのは、ブライアン様だったような気がする。
ブライアン様は、次期国王であるし、今回踊る
まさか、その踊る
エイリーは、ルシール・ネルソンとはまた違う、癖のある性格で、これまた苦労していたみたいだ。貴族社会にはなかなかいないタイプの人間だし、上手い付き合い方がわからない、というのが大きいだろう。
――――まあ、それ以前に相性の問題もあるんだろうけども。
「なんか、変な奴だったな」
「本当です。予想外なことが多すぎました……」
と言うか、色々エイリーは規格外すぎた。私たちの知っている常識が通じなかった。
「仕方ない。あれはああいう生き物だ。そう思うしかない。あのネルソン公爵家の娘なんだから、可笑しくはないだろう」
なんてことを真顔で言うものだから、私は苦笑いを浮べるしかなかった。
本心は完全に同意してるのだが、なんせ公爵様のことを言っているのだ。下手に何かを言って、侮辱罪に問われてしまう、なんてこともあるかもしれない。
気にしすぎだ、とブライアン様には言われそうだけど、貴族社会の、しかも女の世界は用心することに越したことはない。
私は次期国王の婚約者ではあるが、まだ正式に結婚をしたわけではないので、身分的には高くも低くもない、伯爵家の令嬢だ。強力な後ろ盾も、実績もまだない。何か失態を犯してしまえば、あっという間に転落してしまう。
だって、あの公爵家の令嬢である、ルシール・ネルソンが追い込まれたのだ。私を追い込むことくらい容易だろう。
だから、私は毅然と振る舞うことにした。隙を見せないように。身分は低いけれど、ブライアン様にふさわしい女に見えるように。
せめて、実績を手に入れるまでは。魔王を倒すまでは。
自分を強く見せようと必死だった。
だけど、私はその力さえも失いかけた。もう駄目だと思った。
私には次期国王の婚約者の資格なんてなかったのだ。
無理矢理自分を作って、慣れないことをして、それでも死ぬ気で頑張ってきたのだ。
愛しい人の隣にいるために。愛を本物にするために。
でも、私では力不足だった。愛する人は特別だった。
潔く諦めようとした。ブライアン様にふさわしい人なんて、私の他にもいる。
そんな私を、助けてくれたのは。
私の重圧を「くだらないこと」として、笑ってくれたのは。
――――かつて、私をいじめた、ルシール・ネルソンの姿をした、ひとりの少女だった。
皮肉だなと思った。
かつて、私たちの愛の前に立ち塞がった敵に、助けられたのだ。
だから、エイリーの突拍子もない話を受け入れることができた。
だって、惨めじゃないか。私たちが追いやった本人に助けられるだなんて。別人と思った方が、まだ救いようがある。
そう思った自分が汚くて、嫌だった。
私は、ルシール・ネルソンに、一言だけでも恨み言を言ってやりたかった。
私という人間を否定するような行為を、己の嫉妬のために繰り返していたあの少女に、何か言ってやりたかった。
婚約を破棄され、その後、罰が言い渡されるはずだった。長い監獄生活を送るはずだった。
恨み言を言う時間なんて、たくさんあると思ったし、なによりブライアン様に醜い私を見せたくなかった。
だから、婚約破棄を言い渡した場では、醜い言葉を出さなかった。
それなのに、彼女は逃げ出した。国の力と、ネルソン公爵家の力で探したのに、見つからなかった。
そして、予想外の再会。別人になっていた彼女。
――――ああ、これじゃあ何も言えないじゃないか。
後悔した。外面なんか気にしていないで、言いたいことを言っておけば良かった。
でも何故か、ルシール・ネルソンへの恨みは消えていく気がした。
きっと、ルシール・ネルソンがエイリーとして、上書きされたんだと思う。
私の、かなり変わった、強くて、真っ直ぐで、愉快な、ひとりの友人として。
「……ミリッツェア?」
そんなことを考えていると、ブライアン様が私の顔をのぞき込むようにして声をかけてきた。
「ブライアン様?!」
距離の近さに思わず驚いてしまう。
「その驚きよう、また何か考えていただろう」
「その通りです……」
「ミリッツェアは考えすぎだ。エイリーほど気楽に生きろと言わないが、もっと肩の力を抜け」
足して2で割れば丁度いいんだけどなぁ、なんてもらすブライアン様を見て、くすくすと笑ってしまう。
「私もそう思いますわ。エイリーを見て、もっと楽に生きても良いと思いました。それに、私に何かあれば、文句を言いながらも、エイリーは助けに来てくれます。心強い味方を手に入れられました」
「……それだと、俺が頼りないように聞こえるんだが?」
「そんなことはないですよ!」
むすっとブライアン様がしたので、慌てて否定をする。
確かに今の言い方だと、ブライアン様を頼りにはしてないと聞こえてしまっても、無理はないだろう。
すると、私の慌てた様子を見て、ブライアン様は笑い出す。
「そんなに慌てなくても、わかってる。ミリッツェアが頑張るのは、大体俺のためだからな。違うか?」
「違いません……」
直球で恥ずかしいことを聞いてくるので、頬が熱くなる。
ブライアン様にしてやられてばっかりだわ……。
満足げに頷いたブライアン様は私の手をとる。それが嬉しくて、私も手を握り返す。
「実習もそろそろ終わってしまうだろうが、少しでも多くの魔物を倒しておこうか」
「そうですね。もう少しブライアン様とゆっくりしていたいっていうのが、本音なんですけれども」
「……なら、ゆっくり歩いて行くか」
「そうしましょう」
そうして、私たちは森へ向けてゆっくりと歩きだした。
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