36 大抵は踊る戦乙女のせい

「……あれが魔王か」


 魔王が去ってから、続いていた沈黙を破ったのは、ブライアンがぽそりと漏した感想だった。


「あれが魔王だよ。たいしたことないでしょ?」

「そんなこと言えるのはお前らだけだっ!」


 どうやら、ブライアンは順調にツッコミ力をつけてきているようだ。ファースにはまだまだ劣るけど、いい感じになってきたんじゃない?


 ……って、そんなことはともかく。


「……お前“ら”? 何故に複数形?」

「魔王を恐れていなかったのは、お前だけじゃないだろ」


 そう言って、魔王を(ある意味で)圧倒していた自分の婚約者に視線を移す。

 ミリッツェアは、気まずそうに笑っていた。自分の行動を振り返って照れてるのかもしれない。ほんのり頬が赤く染まっている。可愛い。流石はヒロインだ。


「あのミリッツェアは、本当に怖かったなぁ。私もついつい震えちゃったよ」

「……エイリーと魔王がいけないと思うわ。だってあんなに、のほほ~んとした空気を醸し出すんだもの」

「ちょっと待って。異議あり」


 おいおいおいおい、ちょっと待ってよ。どういうことだよ。

 いくらなんでも、私と魔王に全部責任をなすりつけるのは良くないと思うんだ。

 ちょっとだけ、私たちが悪いかなぁとは思うけど、あの怖い笑みは他でもない、ミリッツェアの実力だ。魔王に勝つ気満々だったじゃないか!


 まあ、私がこう思いたいだけかもしれないけど。


「何が異議ありだ。ミリッツェアの言ってることは間違ってないぞ」

「嘘おおおおおおお?!」

「どこに嘘だと思う要素があるんだ?」

「えーと、全部?」

「アホかっ!」

「アホって言われた?!」


 ノリで少々大げさに言うと、「こっちは真面目に話している」と、ブライアンは私の頭に、チョップを落としてくる。


「痛いっ!」

「お前の強さで、俺のチョップが痛いはずがないだろう」

「これとそれとは話が別っ!」

「別じゃない。

 ……はあ。お前の相手をしてると、話が進まない」

「なんか全部私が悪いみたいになってない? まさか、魔王との口喧嘩も私が原因だって言いたいの?!」


 その言葉に、ミリッツェアとブライアンは顔を合わせて、3秒くらいアイコンタクトで、会話をしてる。仲が良くて羨ましいことっ!


 そして、


「そうね」

「そうだな」


 と、声を揃えて言いやがった。末永くお幸せにどうぞっ!


「なんで?!」

「お前がいらん挑発をするせいだろう。その挑発がまた、ムカつくんだよな」

「なんていうか、格下に挑発されてるような気分になるのよね。だから、相手もついつい乗っちゃうんだと思うわ」

「はあああああ?!」


 ちょっと、ちょっと待ってよ。驚愕の事実なんだけど?!


「つまり、私、そんなに強そうに見えないの?」

「そういうわけじゃないんだけど、口喧嘩のレベルは低レベルよ。エイリーは良くも悪くも真っ直ぐすぎるのよ。騙されやすそう」

「……否定できないのが悔しい」


 特に、『騙されやすそう』ってやつ。本当にその通りなんだよね。何回騙されたことか。

 まあ、そんなに気にしてないし。それに、口で負けた分、物理でやり返してるから、すっきりしてるし!


「あ、やっぱり? 気をつけた方が良いと思うわ。私も口は強くないから、なんとも言えないんだけど」

「……それはなんの冗談?」


 魔王に魔法を使わないで、口と笑顔の威圧で勝てそうだった、ミリッツェアが何を言ってるのかな??

 あんなの見ちゃったら、冗談としか思えないよ?

 多分、強くないの次元が、私と違うと思う……。


 そう考えると悲しくなってきたので、話を変えることにした。


「まあ、なんか一件落着感あるし、そろそろ私、アイオーンに帰っていいかな?」

「話のそらし方が露骨だな」

「そういうの、気にしたら負けなんだよ」


 なんせ、話のそらし方が下手くそなことくらい、自覚してるんでね!!

 ファースたちに散々言われてきたんでね!!


「まあ、いいんじゃないか? ミリッツェアの魔法は戻ったしな。それに、アイオーンでも魔物の騒ぎがあったんだろう?」

「そうそう。マカリオスよりは、戦力はあるけど、それは魔物が多いからだし。少し心配なんだよね」


 予想外にも、ブライアンが私の考えに賛同してくれる。てっきり、まだやることがある、帰るなって言われるかと思ったんだけど


 …………あー、私のこと嫌いだから、早く帰ってほしいのか。私もブライアンのことは好きじゃないし、お互い様だけども。


「でも、問題がいくつか残っているわ」


 ミリッツェアが不安そうに、言う。


「あ~、リュリュの体のこと?」

「それもあるけど」


 違うんかい。

 てっきり、リュリュのことが心配でそう言ってるんだと思ってたよ。


「ネルソン公爵家のことよ」

「…………あー」


 思い出したくなかったなぁ。嫌いじゃないし、むしろ甘やかしてくれるから、好きなんだけど、ねぇ。あの溺愛っぷりはねぇ。

 ルシール不足で仕事を投げ出す人たちなんだもん!! 私が帰ったら、どうなるか想像がつくよ!!

 でも、私は帰りたい! 帰りたいから忘れてたのに!!


「……頑張って?」

「丸投げかよっ!」

「無理! 私にはどうすることもできない!」

「一番なんとかできそうな奴が何言ってるだよ!」


 だってだってだって!

 こればっかりは、本当にどうしようもないんだもん!


「仮に帰してくれたとしても、1日で解放されるわけがない」

「……そうだな」

「そもそも、大人しく帰してくれるかもわからないし。私の嫌がることはしないだろうけど、『2日に1回帰ってきて』とか言いそうだし」

「……あの方々なら、言いそうだわ」

「だから、今すぐ、帰りたいの! 帰っていい? いいよね?!」


 必死に訴えかけるが、ブライアンもミリッツェアも、すぐに首を振る。

 彼らが彼らで大変なこともわかる。でも、私だって大変なんだ。


「駄目って言われても、帰るけど!」


 私は召喚獣を出して、それに飛び乗った。


「おい、ちょっと待て!」

「というわけで、後はよろしく~」


 こうして、私の里帰りは幕を閉じるのであった。




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