56 遂にやってきたこの日

 いよいよやってきてしまいました。国王様に謁見する日が。

 なんでこんな日が来てしまったんだ……。


 私は、ロワイエさんセレクトの高価そうなワンピースやアクセサリーを身にまとって、髪の毛やメイクもプロの人にやってもらっちゃって、なんか綺麗になった。

 私じゃないみたい。……いや、最早私じゃない。


 そんな格好で、冒険者省のいつもの部屋でお迎えを待っている。

 下手に動くと、台無しになってしまうので、私は大人しく人をダメにするソファーに座っている。何もしないで、じっとしてるのは意外にしんどい。


 ……そもそも何故、こんなにおめかしをしているのか? 少しよそ行きの服を着るだけで充分だったはずだ。

 いやさ、ロワイエさんのやる気がマックスだったからだけどなんだけどさ。


 これでも落ち着いた方なので、なんとも言えない。


 最初は、ロワイエさんは私にドレスを、と言ったのだ。だが私は、負けじと普段着を押した。

 それではいけない、とロワイエさんは言い、私も意地になって言い返し、結局金持ちが着るような、高い生地を使ったシンプルなワンピースに収まったのだった。


 それにしても、落ち着かない。

 “エイリー”になって、もう3ヶ月以上経つのだ。我儘令嬢、ルシール・ネルソン時代のことなんて、忘れかけている。自分がルシールだった、という実感が薄れてきているのだ。


 と言っても、叩き込まれた礼儀作法はまだまだ現役。体が覚えている。正直、国王様との謁見なんて、らくしょーである。ばっちこーい。


「良いですか、エイリーさん。くれぐれも失礼がないように」

「わかってますって」

「本当ですか?」

「心配しすぎなんですよ、ロワイエさんは」

「普段のあなたを見ていれば、誰だって不安になります」

「私はそんなに問題を起こしてないですっ!」

「無自覚ですか、余計にタチが悪いです」

「そんなことないですってば!」


 こんな感じで、不毛な会話をしていると、とんとん、とドアをノックする音が聞こえ、


「お迎えが参りました」


 と、聞こえた。いつも私の対応をしてくれる、受付嬢さんの声だ。


「わかりました、すぐ行きます」


 ロワイエさんが、その場で答え、


「では、行きましょうか」


 と、私に向けて言ってきたので、こくりと頷いた。

 さて、ここからは令嬢モードでいきますか。元・公爵令嬢の実力を見せてあげようじゃないか! 私が問題児じゃないことを見せてやろうじゃん?


 そう決意して、私は部屋を出たのだった。



 * * *



「おはようございます。この度、護衛を担当させて頂くことになった、アイオーン王国騎士団長レノックス・ボルジャーと申します」


 冒険者省の入り口で待っていたのは、騎士団の制服を着たレノだった。

 こうすると、ちゃんと騎士団長に見えるんだなあ。様になってるというか、イケメンだ!


「ごきげんよう、レノックス。本日はよろしくお願いしますわ」


 ふふふ、と令嬢モードで返す私。


「……エイリー、だよな?」

「ええ、そうですわ。レノ」


 貴族特有の嘘くさい笑みを忘れない。

 やっぱり、私やればできるじゃん。


「おめかししてるから、そんな気持ち悪い喋り方してるのか?」

「お互い様では?」

「……そうだな。じゃあ、互いに辞めないか?」


 そうレノに提案されたので、私はちらりとロワイエさんの方を見る。あくまで優雅に。

 ロワイエさんはため息をつきながら、


「別にいいですよ。無礼にならなければいいんですし。……それに、その喋り方やっぱり気持ち悪いです」


 と本音を漏らした。


「酷い!」


 あんたがやれって言ったんだろうが! 私だって、好きでやってない!


「ですよね。では、ここからはお任せください、ボーエルネさん」

「よろしくお願いします、ボルジャーさん」


 私がそんな風に思ってる間に、2人の会話は進んでいき、


「じゃ、行くか」


 と、もう迎えの馬車に乗り込むことになった。


 それにしても、外装からして豪華だ。

 どう見ても、アイオーンの超名家が使う馬車だろう、これは。私を迎えにくるために、こんな馬車を使う必要があったのか?


 そんなことを思いながら馬車に乗り込むと、


「君が、踊る戦乙女ヴァルキリーのエイリーか」


 と、眼鏡をかけた銀髪の青年が偉そうに座っていた。



 ――――は……? 誰だこいつ。超嫌な予感しかしないんだけど。

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