75 うざいヴィクター

 私とヴィクターとの出会い。

 私がアイオーンに来てから1週間も経たないころだった。実際に仲良くなるには、2週間以上かかったけど。



 * * *



 ――――周りの視線が痛い。


 それはそうだろう。私はまだ、この王都ではまだ新入りの冒険者。素人だ。


 なのに、依頼を紹介されたり(超難易度の高い余り物の依頼だけど)、ロワイエさんと話したり(忘れがちだがロワイエさんは超偉い人である)、はっきり言って生意気なのだ。生意気な新人なのだ。


 私がレベル300だとは、オープンにはしていない。パーティを組んでないし、ギルドにも所属していないので、バレはしない。

 知ってるのは、ロワイエさんと受付嬢だけ。

 いつかはバレると思うけど、自分から言うつもりはない。だって言ったら、面倒くさいことになるのは目に見えている。


 マカリオスからアイオーンに来て、早2週間が過ぎた。

 生活には慣れてきたが、まだこの嫉妬やら好奇心やらにまみれた視線には慣れない。しかも、日に日に生えてる気がする。


「……エイリー様も大変ですねぇ」

「他人事みたいに言わないでよ」

「他人事ですよ?」


 当然じゃないですか、みたいな顔をして言われると、傷つくんだけど。


「冒険者省として、対応してよ」

「面倒事の対応は、各々に任せているので」

「面倒事ってはっきり言いやがった」

「面倒事の他に何と表現すればよろしいのですか?」


 それは、そうだけどさ。的確に表現してるけどさ。もっと包み込もうよ。受付嬢でしょ、貴女。


「……じゃあ、これはいいってわけ?」


 私は呆れて、後ろにいた男を指差す。


「俺はまだ何も言ってないんだが?」


 そう言って、槍を持った男・ヴィクターが現れた。まあまあ名を馳せてる冒険者ならしいのだが、一言で言うとうざい。調子にのってる雑魚だ。


「どうせ、また喧嘩売りにきたんでしょ」

「いつも逃げやがって。そんな弱虫に冒険者なんてできるわけないだろ」


 その言葉に、ヴィクターのギルドメンバー取り巻きたちが笑い出し、


「そうだ、やめちまえ」

「弱虫は引っ込んでろ!」


 なんて野次を飛ばしてくる。まじうぜぇ。


「俺の喧嘩買えないなら、大人しく依頼を譲れ」

「別にあんたの許可なんていらないでしょ。ねぇ?」


 そう言って、私は受付嬢に尋ねる。


「はい」


 流石は受付嬢。怯むことなく、真顔で簡潔に返事をした。


「この状況も不干渉なの?」

「ええ。だってまだ死人どころか、怪我人も出てませんし」


 どんな脳筋の考え方だ。まあ、そんくらい割り切ってやらないと、やっていけないんだろうけど。


「はあ、うざいよねぇ」

「だったら一度受けて、実力を見せて差し上げればいいじゃないですか」

「……それをやったら色々面倒だし。それに本当に死人が出るよ?」


 かなり手加減はするけど、今もかなり我慢をしている状況だ。どこでブチ切れて、本気になってしまうかわからない。

 大変危険な状態なのだ。主にヴィクターたちが。


「あはは、それはそうですね。やめてください」

「大体、私を相手にできる人なんていないでしょ」

「それもそうですね」


 くすくすと、私たちは呑気に会話を進める。ああ、和むなぁ。


「無視してんじゃねぇよ」


 案の定、ヴィクターが切れた。おいおい、気が小さい男は嫌われるぞ。


「ああ、ごめんごめん。まだいたんだ?」

「舐めた口聞いてんじゃねぇよ、この弱虫が。ちょっと贔屓されてるからって、いい気になってんじゃないぞ」


 その言葉をそっくりそのままお返ししますよ。

 なんて、ことは言うわけなく。


「あー、はいはいすみませんでした。用はこれで終わり? 私、依頼をさばきに行きたいんだけど?」

「人の話聞いてるのか?」


 心外な。聞いてるわけないじゃん。

 聞く価値もない話をどうして聞かないといけないわけ?


「ヴィクターさん、そいつ馬鹿だから、言葉が分からないんですよ」

「ああ、そう言うことか。ごめんね? 俺、気づかなかったよ」


 ぎゃはは、と下品な笑い声が響く。

 うざいけど、こいつらに切れる価値はない。落ち着け、私。これを買ったらこいつらと同類になるぞ。

 こらえろ、こらえるんだ……!


「あーはいはい。じゃあ、失礼しますね。受付嬢さん、また」

「はい、よろしくお願いします」


 受付嬢の笑顔で幾分か気持ちは楽になった。

 魔物をぶっ飛ばして、ストレス発散しよ。


「待てよ、話は終わってないぞ」

「私は人の言葉が分からないので何を言ってるか、ワカリマセーン」


 そう言い捨てて、私は冒険者省を後にした。

 視界の端に、悔しそうなヴィクターたちが映って、ちょっとスカッとした。

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