16 ミリッツェアは問題を抱えている
「それで、話なんだが」
コンスタントさん――――改め、父さんがやっと本題に入ろうとしたときには、私はすっかりくたびれていた。
長かった。ここまで本当に長かった。
どれだけ呼びかけても聞かなかった、彼ら。
最終手段としてとったのは、
「これからいくらでも呼ぶから! とりあえず話を聞かせて?! お願い、父さん!」
と言うものだった。『お願い、父さん!』は効果抜群だった。
あ、ちなみに、『敬語じゃなくてもいい』と言われたので、敬語を使うのは一瞬でやめた。これだけはありがたかった。
本当に疲れた……。
だから、父さんの口から出た言葉は、聞き間違いだと思った。幻聴であってほしかった。
「エイリー、君に学園に通ってもらいたいんだ」
「は? ……あの、もう一度言ってもらえますか?」
「学園に通ってもらいたいんだ」
…………聞き間違いではないらしい?
「学園って、ルシールが通ってたところ?」
「そうだ」
「普通に嫌なんだけど」
今更、学園になんて戻りたくないんだけど?
私は自由気ままな冒険者として、生きていきたいんだけど?
その前に、私、魔王を倒さないといけないんだけど?
「そこをなんとか」
「理由は?」
どうして、そんなことを父さんは言うのか。
まあ、それなりに深い理由なんだとは思うんだけど。
「卒業しないと名前に傷がつくとかそういう、貴族らしい理由じゃないんだよね?」
「勿論だ。そんなもので、ネルソン公爵家の名前は傷つくものか」
そうだよね。ルシールがあれだけやらかしてても、公爵家としてはなんの不利益もなかったもんね。
ルシール・ネルソンは悪名高かったけど、ネルソン公爵家は優秀な家として信頼されていた。
恐ろしいんだけど、この家。
普通、馬鹿娘がいたら、少なからず名前に傷がつくはずだ。
でもそれを跳ね返してしまうほどの、優秀さと歴史。
だからこそ聞きたい。
どうして、馬鹿娘をそんなに溺愛しているのかと。
人間には欠点がいくつかあった方がいいと言うが、この欠点はないだろう。なんで、こんな欠点なんだ……。泣きたくなる。
「ミリッツェア・アントネッティのことを知っているか?」
「そりゃあ、まあ」
ルシールが散々いじめてたもん。記憶の中にいっぱいいる。
それについ最近会ったし。再会しちゃったし。
「聞き方が悪かったな」
しかし、父さんが聞きたことはそういうことじゃないらしい。
「ミリッツェア・アントネッティが抱えている問題のことを知っているか?」
「問題?」
知らないけど、そんなの。
というか、知ってるわけないじゃん。最近会ったんだもん。
それに、ぶっちゃけ、ミリッツェアに興味なかったから、デジレとかにも探らせてないし。
「知らないか。まあ、それが当たり前なんだが」
「それで、問題って?」
ミリッツェアが問題を抱えている?
そんな様子はあまり感じられなかったけど。
強いて言うなら、“変わろうとしている”こと? でも、そんなのは、問題っていうほど大きいことじゃないし。
「ミリッツェア・アントネッティの聖魔法の威力が落ちているのだ」
「……え?」
想像の斜め上を行く問題で、私は思わず声を漏しまう。
ごめん、てっきり、ブライアンと結婚する上での問題事かと思ってた。幸せそうで何よりです、なんて勝手に思っちゃってた。
ごめんよ、ミリッツェア……。
それにしても、“聖魔法の威力が落ちている”?
そんなことがあるの?
レベルが上がって威力が増したってなら、わかるけど、威力が落ちるなんて聞いたことない。
魔法は基本的に、魔法属性のレベルとイメージ力によって、威力が決まる。細かいことを言えば、他にもコツとかあるのだが、そこは問題じゃない。
だから、武術や剣術など、鍛錬を怠れば鈍ってしまうものとは異なり、基本的に鈍る、威力が落ちるということはないはずなのだ。
「原因はわかってるの?」
わかってないんだろうな、という予想を立てながら、私は聞く。
詳しい説明を父さんからしてもらうためだ。
「国が総力を挙げて調べているんだが、まだ詳しいことはわかっていない。言ってしまえば、何もわからない」
想像以上に手詰まりのようだった。
「聖魔法のレベルが下がっているわけじゃ、ないんだよね?」
「むしろ上がっている」
レベルが下がることも滅多にないが、ないわけではないので、一応聞いておく。
「それ以外に怪しい点とかは?」
「ない。だが、ひとつだけ気になることがある」
「それは?」
「ミリッツェア・アントネッティの不調が発覚したのは、ルシール・ネルソンが消えてから、一ヶ月後のこと、という事実だ」
かなり前からじゃん! って、それはどうでも良くて。
「私は少なからず、疑われていると?」
だから、さっき『ミリッツェア・アントネッティの問題を知っているか?』と聞いたのか。
まあ、めっちゃ怪しいしね。急に強くなったり、いなくなったりしたんじゃ。私だって、そういう立場だったら疑うもん。
「可能性は低い、となっているがな。一応、確認のため聞いたのだ。このことは、マカリオスでも国王、ブライアン殿下など、数人しか知らないからな」
「知ってたら、黒だったってことか」
何かの間違いで、知ることがなくて良かった~。危なかったぁ。
「そうなるな。
それでだ。我が国としては、このことは非常に困る」
まあ、強力な聖魔法の使い手だもんね。
「だから、原因を探るため、学園に通ってミリッツェアと一緒にいてほしいと?」
「そういうわけだ。どうだろうか?」
どうだろうかって言われてもねぇ……。
「ちなみに、ルシール、進級できてるの?」
「本来なら留年だが、そこは何とかしよう」
「ほらでも私、というかルシール、色々やらかしてるじゃない?」
「心配事なら全部何とかしよう」
「……そもそも、私、普通に学園に行くのが嫌なんだけど」
「そう言うことなら仕方ないな。諦めよう」
諦めるんかーい。
いくら何でも、あっさり引き下がりすぎだろう。
「そうよね、エイリーちゃんの嫌なことはさせられないわよね」
「強要したくないしな」
うんうん、と母さんと兄さんも頷く。
…………そうだった。こいつら、こういう奴らだった。
「……でもまあ、普通にミリッツェアのことは心配だから、私は私のやり方で探ってみるよ。それでもいい?」
「本当か?!」
「うん。だから、学園には通わないけど、学園には自由に出入りできるようにしてほしいな」
「わかった、なんとかしよう」
めんどくさいことを引き受けてしまったが、ミリッツェアの問題は異常だし、なんだか嫌な予感がするので、後悔はしていない。
変な事情じゃないといいんだけど。
ちなみにこの後、「我が子はやっぱり天使だ!」と3人はまた騒ぎ始めた。
本当にこの人たちはぶれない。
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