38 鍛冶屋のおじさん

「呼んできたよー」


 ゼノビィアが、ギヨさんを連れてやってくる。

 ファースたちがギヨさんのことを見て、一瞬固まる。

 多分、本当に、だったので、驚いているのだろう。


 私も、ギヨさんと会った時には驚いた。鍛冶屋の主人というと、黒く焦げてて、ガタイのいい親父だと思ってた。無口で、不器用。でも親切っていう属性付き。

 ……この印象が、前世の小説やら漫画やらの影響であるのは間違いないけど。


 だけど、アイオーンで名を轟かせている鍛冶師も大体そんな感じで、むしろギヨさんみたいなのは少数派なのである。

 つまり、何が言いたいって? そんなの決まってる! 私は間違ってなかったのだ! ドヤァ!


「踊る戦乙女ヴァルキリー殿、お呼びですかい」

「あーうん。どっちかっていうと、こっちの人達だけど」

「おお。こいつらが、新しい踊る戦乙女ヴァルキリー殿のダチか」


 ギヨさんが、感動半分、好奇心半分でこの国の王子様たちをジロジロと見る。何も知らないとはいえ、かなり度胸があるなぁ。すげえなぁ。


「ええ、そうですわ。わたくしは、グリーと申します」

「俺はレノと申します」

「俺はファースと申します」


 丁寧な言葉遣いで、改まって自己紹介をするグリーたち。正直、気持ち悪い。というか、立場が逆転しているのは気のせいか?

 ……うんうん、気のせいだよね!


「おお、随分礼儀正しいな。俺は肩苦しいのは嫌いだから、砕けた言い方のほうが助かるよ」


 よく言う。私のことは、散々抗議しても、『踊る戦乙女ヴァルキリー殿』って呼ぶくせに!


「俺はギヨだ。ここの店主兼1級の鍛冶師だ。と言ってもぎりぎりだけどな」

「1級?!」


 レノが声を出して驚いた。ファースやグリーも目を大きく見開いている。


「当たり前でしょ。伝説の魔剣・クラウソラスが手入れできるんだから」


 てっきり、そんなことは予想できていると思っていた。


 鍛冶師には、ステータスのレベルの他に、いわゆる国家資格的なものがある。国から『貴方は何級の鍛冶師ですね』と定められるのだ。他にも、料理人や魔法師など、いくつか定められているものがある。

 10級に始まり、最高が1級である10段階評価。1級を持っているものはそんなにいないと聞く。

 つまり、ギヨさんは、凄い。それだけ押さえておけば、バッチリだ。


「それはそうですけれど……。そんな方が何故、店を出しているのです?」


 グリーの意見は最もだ。

 1級の鍛冶師は、店を営業するまでもなく、仕事は山ほど入ってくる。店の経営なんて、わざわざやらなくても食べていける。


「そりゃ、楽しいからだよ。わざわざこんな薄汚い店まで来てくれる客は、何より嬉しいんだ」

「そうなんですか! 流石ですね! 他の鍛冶師と考えることが違います」


 ギヨさんの言い分に、グリーは心の底から尊敬したようだ。お姫様に、キラキラした目を向けられる、1級鍛冶師の見た目は普通な、おじさんって……。

 ……グリー、子犬みたいだなぁ。 誰かを思い出すなぁ。あいつより数十倍可愛いけど。


「ははは、俺はそんなに尊敬されるような人間じゃないよ。俺はただの鍛冶屋のおじさんだ」

「ただの鍛冶屋のおじさんが1級のわけないんだよなぁ……。でも、見た目はただのおじさんなんだよなぁ」


 困ったもんだ、という私の心の声がついつい漏れてしまった。それに対して、ゼノビィアはくすくすと笑う。


「だよねぇー」

「おい、ゼノビィア! 踊る戦乙女ヴァルキリー殿!」


 私たちがあまりにもけらけら笑うので、ギヨさんが少し怒ったように言う。実際は、怒っていないことを私たちは知っているので、笑い続ける。


「だって」

「ねえ?」


 私たちは、言葉にしなくても言いたいことが伝わり、まだ笑いを止められない。


「いい加減にしないと、ゼノビィアには鍛冶を教えないし、踊る戦乙女ヴァルキリー殿はクラウソラスを手入れしてやらんぞ」


 冗談めかして、でもどこか本気でギヨさんは言うので、


「「ごめんなさい!」」


 私たちは声を揃えて謝る。

 それだけは勘弁してください。私たちが悪かったです。


 一部始終を見ていたファースたちが、堪えきれずに、笑い出した。そんな、ファースたちを見て、私もゼノビィアもギヨさんも笑い出す。


「賑やかな友達だな、踊る戦乙女ヴァルキリー殿」

「でしょ?」

「俺の仕事に興味もあるようだし、特別にクラウソラスの手入れするところを見せてやろうか?」


 あまり人に仕事しているところを見せたがらないギヨさんが、そんなことを言い出した。

 私とゼノビィアが驚きの声を出す前に、


「いいんですか?!」


 と、グリーの喜びの声が先に聞こえた。それに便乗するように、レノもファースも声をあげる。


「勿論だ」


 ギヨさんはにかと軽快な笑顔を見せた。


 ……いつの間にか、私のクラウソラスが手入れされる流れになっていたのは、気づかなかったことにしよう。今日は気づかないふりをするのが多いなぁ。

 全く、濃い一日だ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る