39 踊る戦乙女と1級鍛冶師

 私たちは、ギヨさんの後に続き、工房にやってきた。


 素人の私には、何に使うのかもわからない、そもそも名前も知らない道具が沢山あり、作業台も何種類もあった。

 めんどくさそう、というのが第一印象で、今後も変わることはないだろう。

 使い分けるの、めんどくさそうだなぁ。私には無理だ。


 グリーとレノは目をキラキラして、工房を見渡している。

 何が楽しいんだか、私にはさっぱりわからない。でもまあ、人のは人の楽しみがあるわけで。それを否定しちゃいけないのはわかってる。でも。


 ――――工房見ただけで、何が楽しいの?


 そう言いたくなる。


「踊る戦乙女ヴァルキリー殿。クラウソラスを」

「はいはい」

「“はい”は一回だって習わなかったのか?」

「習いましたよ、習いましたっ!」


 2度の人生で散々言われましたよっ! それも、どっちの人生でもたっぷりね!

 人より倍の回数言われてるので、なんか損してる気分……。


 そんなこんなで、妙にやる気のあるギヨさんに催促され、私は腰のクラウソラスを抜いて、ギヨさんに渡す。

 クラウソラスをあらゆる角度から見て、ギヨさんは盛大なため息を吐いた。


「……踊る戦乙女ヴァルキリー殿」


 子供を本気で叱るような低い声で、ギヨさんは私を呼ぶ。

 ギヨさんがご立腹なのには、かなり心当たりがある。というか、いつものだろう。


「べ、別にクラウソラスをどう使おうが、私の勝手でしょ?!」

「……俺はまだ何も言ってないが」

「どうせ毎度毎度の鍛冶師の小言でしょ? 聞き飽きたから、あれ」

「……聞き飽きたなら、ちゃんと実行してくれよ」

「クラウソラスは私の所有物! 私の相棒! だから、どう使うかなんて、私の自由だもん!!」

「でもなぁ!」


 私とギヨさんはしばらく、不毛な争いを続けた。


 意味が理解できなかったファースたちは、隣で苦笑いしているゼノビィアに事情を尋ねていた。


「あれは、なんだ?」

「あはは、いつものことだから、気にしないで。本人たち曰く、踊る戦乙女ヴァルキリーと鍛冶師のプライドのぶつかり合いらしいよ。こっちからしちゃあ、そんなこと全くないのにね。低レベルだよねぇ。子供の喧嘩みたい」

「と言うと?」

「父さんは、クラウソラスをもっと剣として使って欲しいんだよ。エイリーの使い方は、魔法の媒体がメインだから」

「そうなのねぇ」


 なんて、呆れた顔をして、私たちを見ていた。解せぬ。


「父さん、エイリー。そんくらいにして、早くメインに行こうよ」


 ゼノビィアの仲介もあり、私たちは不毛な争いを終えた。

 というか、一時休戦? 負けたわけでも勝ったわけでもないから、休戦という言葉が正しいだろう。

 いつか、絶対認めさせてやるんだから!


「こほん。では、これから作業に入る。作業中は話しかけないでくれ」


 ギヨさんの注意に、私たちは「は~い」と良い返事をした。そんな私たちを確認してから、ギヨさんは作業台に向き合った。


 そこからは、もう完全に1級鍛冶師の顔つきだった。私と喧嘩していたときの、普通のおじさんの面影はない。

 丁寧にクラウソラスを持ち上げ、もう一度状態をよく確認する。今必要な手入れをしっかり見極める。


「妖精たちよ、我が声に応えよ」


 魔法で妖精という助手を呼び出し、道具を使い、事細かに手入れをしていく。それは神秘化的なものであった。

 最後に、妖精たちがクラウソラスの魔力の一部となり、作業は終了した。


「ほい、踊る戦乙女ヴァルキリー殿」

「ありがとう、ギヨさん」


 ギヨさんが差し出してきた、クラウソラスを受け取り、私はそれをふって、確かめる。

 うん、なんの違和感もない。


「いい感じ」


 私はポケットから、金貨を一枚取り出す。


「はい、お代」


 金貨を投げて、ギヨさんに渡す。ギヨさんは、慣れた手つきで受け取る。ナイスキャッチ、ギヨさん。

 予定のない手入れだったとはいえ、手入れして貰ったのには変わらないから、お代は払わないといけない。その辺の常識はふまえているつもりだ。

 まあ、若干ぼったくられた気もしなくはないけど、細かいことは気にしない。気にしたら負けだ。


「まいどー」


 ギヨさんはにかっ、と笑う。こいつ、さては確信犯だな?!

 私は鞘にクラウソラスを収めながら、ファースたちに話しかける。


「どうだった?」

「…………」


 私の問いかけに3人が、無言で答える。……なんかデジャブ。


「ねえ!」


 私が大きい声を出すと、3人は体を震わせて、我に帰る。


「どうだった?」


 3人が文句を言い出す前に、私はもう一度問い直す。


「……尊いですわ」


 ぽそり、グリーが呟いた。


「あんな技、使える鍛冶師なんて、ごく少数なのよ?! それがこの目で見られるなんて、わたくし、もう死んでもいいかもしれないわ!」

「……まだ、死なないでね? お願いだから、まだ死なないでね?」


 本当にこのまま死んでしまいそうな感じでグリーが話すので、私は不安になる。


 ……グリーは本当に剣が好きなんだなぁ。

 と思うことで、この話はまとめておこう。うん。深く追求するものじゃないだろうこういうのは。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る