56 大事なことを忘れるな

 私は上級悪魔と森の奥へと進んでいた。

 ……のだが、ただ歩いてるのも暇になってきたので、私は悪魔に向かって話しかけることにした。


「ところであんた、五悪魔衆アンユ・ダエーワなの?」

「違うよ」

「そうなの?」

「だって、五悪魔衆アンユ・ダエーワより弱いって感じるでしょ、僕のこと」

「あー、確かにね」


 サルワやタローマティに比べると、ワンランクくらい弱い気がする。


「それに、五悪魔衆アンユ・ダエーワだったら、こんな貧乏くじ引いてないし」

「タローマティより強かったら、言うことなんて聞かないもんねぇ」


 私の言ったことに、あからさまに不機嫌そうな顔をする。

 はっきり言われたことがそんなに気に食わなかったのだろうか?


 不機嫌そうな上級悪魔はほっといて、さっさと次の話題に移ることにする。


「で? あんた名前は?」

「……クナンサティー」

「は?」


 長くて、しかも複雑だったから、上手く聞き取れなかった。

 ミリッツェアという名前といい勝負だ。ミリッツェアはルシールの記憶の中に刻まれてる名前だったから問題はなかったけど、彼の名前は初めて聞くのでそうもいかない。


「クナンサティー」

「えーと、なんだって?」

「クナンサティー」

「えーと、苦難、最低?」

「違う。ク・ナ・ン・サ・ティー」

「なるほど。わからん」


 何度か繰り返してもらったけれど、全く頭に入ってこなかった。

 長ったらしい名前のせいもあるだろうけど、私が覚える気がないのも理由のひとつだろう。


「お前わざとやってるだろ」

「わざとじゃないよ。本当にわからないんだもん」


 胸を張ってそう言うと、苦難最低(みたいな感じの名前の悪魔)は、はあああと大きなため息を吐いた。

 お見事って言いたくなるほど、大きくて長いため息だった。


「じゃあ、長いから、クティーって呼ぶね」

「……クナンの方がいい。というか、クナンと呼べ」

「え? どうして? クティーの方が可愛いじゃん」


 テディベアにつけたくなるような響きだと思うんだけどな。

 最後に“ティー”って付く愛称って、とっても可愛いと思う。


「……はあ。好きにすれば?」

「ありがとう、クナン」

「結局、クナンって呼ぶのかよ」

「よく考えたら、あんた可愛くないから、クティーはもったいないかなって」


 本人も可愛すぎて照れてるみたいだし、ここは“クナン”と呼んであげるのが優しさというものだろう。

 私って、なんて優しいんだろう。


 そーかよ、と投げ捨てるように言ったクナンは歩くスピードを早めた。



 *


「ここだよ」


 クナンと呼びことが決まった数分後、私たちは森の開けた場所に来ていた。

 そこに描かれているひとつの魔法陣。それを見て、私は思わず、


「あーーーーーー!!!!!」


 と、とびきり大きな声で叫んでしまう。


 すっかり忘れてたよ!!

 そうだよ、マカリオスには転移陣があってもおかしくないんだよ。むしろないといけないんだよ。


 空に浮かぶ魔王城に行く方法は主にふたつだ。転移魔法で行くか、あらかじめ用意していた転移陣で行くかのどちらか。

 魔王や上級悪魔は転移魔法が楽々使えるが、下級悪魔や魔物は使えない。だから、魔王城から魔物を移動させるときは、転移陣を設置する必要がある。

 もちろん、人間が魔王城に攻め込むときも、どこかにある転移陣を使わなければいけない。


 ……小説『伯爵令嬢』でも、ルシールの姿をしたタローマティが、せっせと転移陣を作ってたなぁ。学園から近いこの森で、転移陣を作ってたなぁ。

 その転移陣を利用して、ミリッツェアたちは魔王城に乗り込み、そして魔王を倒した。


 すっかり忘れてた、てへ☆

 こんな大事なこと忘れるって、流石、私だ……。


「いきなり大声出すなよ」


 眉間にしわを寄せて、クナンが文句を言ってくる。


「ごめんごめん。ちょっと自分の間抜けさに驚いて」

「今更?」

「……そんなことないよっていう返答を期待してたんだけど」

「は? 本気で言ってる?」

「ちょー本気」

「正直ぞっとした」

「はあ?」


 なんだこいつ。失礼にもほどがあるんじゃない?

 今すぐ聖魔法で楽にしてあげようか?


「で、状況説明なんだけど」

「あー、いらないわ。これ、魔王城につながる転移陣でしょ? 見た感じ完成してるから、一生懸命壊してる感じ?」


 転移陣は、設置するのにも時間がかかるが、壊す時間もそれなりにかかる。

 だから、腐っても上級悪魔であるクナンが直接出向いて、こうして破壊しているのだろう。


「……そういうところは頭回るんだ」

「そういうところでしょ」


 だから、魔物を使って、この場所に近づかせないようにしていたのか。それにしては量が多い気もするけど、用心しすぎなんてないわけだし。

 聖魔法以外の方法で倒されたら、魔王の力の糧になるわけだし、まさに一石二鳥というわけだ。


「もう少し時間稼ぎができると思ったんだけどな」

「残念でした。運がなかった自分を恨むといいよ」


 腰に下げていたクラウソラスを抜いて、クナンに向ける。

 ごくり、と唾を飲む音が聞こえた気がする。


「これ、壊されるわけにはいかないから、そろそろおしまいにしようか」


 にっこりと私が笑ったのを見て、クナンも手に魔力を込め始めた。


 一触即発。

 いよいよ戦いが始まる……そんなときだった。


「間に合って良かった!」


 場違いな明るい声と共に投げられたナイフが、私の耳元をひゅっと通り過ぎる。

 そしてそれは、クナンの心臓にナイフが綺麗に刺さった。狂いなんて許さない、そう言わんばかりの鮮やかな技だった。

 クナンは血を吐いて、倒れ込んだ。


「私が遊ぼうとしてたのに、横取りなんていい度胸だね?」


 聞き覚えのある声が近づいてくる。

 柄にもなく、ドクンドクンと心臓がうるさい。



 ――――覚悟を決めろ。もうすでにわかっていたことだ。



「……ゼノビィア」


 振り向くと、怪しげに微笑むゼノビィアがそこに立っていた。

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