5 ファースが優しすぎて辛い

 ふざけたことを言う腹黒国王––––––改め鬼畜国王なんて知らん!

 怒った私は、話をさっさと切り上げて、この後、ブライアンやミリッツェアが待っているところへと向かう。ブライアンたちと会うのは気がすすまないが、あの鬼畜国王と話しているよりはマシだ。


 カツカツカツと荒い靴音が廊下に響く。

 もうなんなんだ、あの国王様!

 やりたい放題、言いたい放題。よくそんなんで、今まで暗殺されなかったな!


「エイリー! 待ってくれ、エイリー」


 後ろから、わずかに息切れしているファースの声が聞こえてくる。


 いけないいけない。イライラしすぎて、ついついファースのことを忘れてひとりで進んでしまった。

 反省しないと、そう思って歩くのを一旦やめる。


「ごめん」

「大丈夫だ。それよりも父上が色々として、ごめんな」

「ファースが謝ることじゃないでしょ」


 私に追いついたファースが申し訳なさそうにした。

 なんであんな王様の子供は、こんなにいい子なんだ……。やばい、涙が出てきそう。


「……私のこと、全部話そうか」

「え」

「私が隠してたこと、詳しく聞きたい?」


 ファースになら、全部話してもいい気がする。というか、話したい。

 どうせこれから色々バレるんだし、それだったら今、自分の口から話した方がいいに決まってる。


「エイリーが話したいなら聞くし、話したくないなら聞かない」


 ファースは迷いのない声音で言い切る。でも、そんなの嘘に決まってる。

 誰だって、あんなこと言われたら良くも悪くも気になるだろう。


「本当はどうなの」

「聞きたい。だけど、無理に聞くほど気になりはしない」

「どうして?」

「今、そしてこれから、こうしてエイリーと楽しく過ごせること。それが今、俺が一番望むことだから」


 なんなの、この人。いい人すぎるだろ! まあ、前から知ってたけど!


 というか、ファース、私に告白してからなんか変わったよね? 恥ずかしいこと躊躇なく言うようになったよね?!

 言われてるこっちが恥ずかしくなるんだけどっ!

 無意識か?! 無意識なのか?!


「……そっか」


 私は照れてしまって、顔が熱くなる。漫画でよく見る、かああってヒロインが顔を真っ赤に染めて恥じらっている表情をしているんだと思う。悪役顔だけど。


 そんな私を見て、ファースも時間差で顔を赤くした。おそらく、自分が言ったことがどれだけ大胆なことなのか、実感したんだろう。

 この様子だと、さっき鬼畜国王に言ったことも照れている様子だ。


 ファースの照れ顔は、顔が整っているだけあって随分と様になっていた。この世の女、皆を虜にしてしまいそうだ。

 直球に言うと、可愛い。


 そんな感じで、私もファースも顔を真っ赤に染めて立ち尽くしているので、なんだか変な雰囲気になってしまった。

 王城はそれなりに人が行き交うので、通りすがりの人々に変な目で見られた。興味深そうな、生温かい視線で。


 こっほん。

 この雰囲気をなんとかするべく、私は咳払いで強引に突破することを決めた。


「ファースになら、話してもいいかなって」

「本当にいいのか?」

「どうせ、遅かれ早かれ知ることになるだろうし、それなら私の口から説明した方がいいかなって」

「無理してないか?」

「全然。それに、そんなに早くブライアンたちの所に行きたくないし。ちょっと付き合って」

「わかった」


 私たちはゆっくりと歩き始める。

 そして、私はファースに自分エイリーの誕生の秘密を話し始めた。


「ルシール・ネルソンが、自分の婚約者を取られまいとミリッツェア・アントネッティに犯罪まがいの嫌がらせをしているのは知ってるでしょ。そして遂に、ブライアンに婚約破棄されたことも」

「ああ。そしてその後、ルシール嬢は姿を消した」

「そうそう。それで、アホなルシールは嫉妬に狂って、悪魔と契約しようとしたの」

「はあ?!」


 流石のファースもその事実には驚きを隠せなかったみたいだ。

 だよね〜、私もアホだと思うよ。自分に非があって婚約破棄された。なのにまるで、自分は悪くない、ブライアンとミリッツェアが悪いみたいな感じで、悪魔と契約しようとするんだもん。

 いっそここまで来ると清々しいよね〜。


「それでも、悪魔と契約なんて、簡単にできるものじゃないだろう」

「ネルソン家の地下書庫には、悪魔と契約できる本があるの。上級悪魔が封印された本」

「そんなものが……!」

「託された経緯は私もよく知らないんだけどね。まあ、それで悪魔と契約しようと、ルシールは地下書庫に足を踏み入れた。けど、エイリーはここにいる。ルシールは悪魔とは契約しなかった。できなかった」

「どうして?」

「“一番高い確率で悪事を働くのをやめさせる魔法”が地下書庫の扉にかかっていたから」

「“一番高い確率で悪事を働くのをやめさせる魔法”?」

「うん。仕組みは私もよくわからないけど」


 本当、あの魔法どういう仕組みなんだ?

 前世の記憶を思い出させ、なおかつ最強ステータスにしてしまうあの魔法。強力すぎるだろ。


「で、その魔法のお陰でルシールは悪魔と契約することはなく、その魔法のせいで、ルシールが生まれ、ステータスはおかしくなったのでしたっと」


 前世の記憶がある、ということを話しても良かったが、余計に混乱するだろうし、国王様にも話していない。これで説明が通るだろうし、別に話さなくてもいいだろう。


 ファースは真剣な表情をして、


「じゃあ、どうしてアイオーンに来たんだ?」


 と、聞いてきた。


「家出」

「は?」

「家出してきた。というか逃げてきた」

「は?」

「ルシール、色々やらかした上に、悪魔と契約しようとした罪もあるんだよ。裁かれることはわかりきってるじゃん? だから逃げてきた」


 ルシールがやったことの責任を取って、エイリーの人生が台無しになったら、それは嫌だもんね。というか、死刑になってすぐ終わる可能性だってあった訳だし。


「なんか、エイリーらしいな」

「そう?」

「でも、いくら中身が違うとは言え、外見はルシール・ネルソンなんだ。ブライアン殿下たちには、理由を説明して謝罪するくらいはしたほうがいいぞ」

「わかってますよーだ」


 それは避けられない道だということは、私だってわかっている。

 でも、ルシールの代わりに謝るのは、なんか癪だなぁ。

 あいつ、やりたい放題やって、いなくなってるじゃん。こうして考えると、人生満喫して消えたな、あいつ。悪役のくせに! 悪事働いたくせに!


 段々と腹が立ってきたぞ……?


「ルシール嬢が悪魔と契約しようとしなければ、もっと言えば、ブライアン殿下がルシール嬢との婚約を破棄しなければ、エイリーとは出会えてなかった訳だな。そこは感謝だな」

「……何言ってるの」

「出会いはどこから始まるかわからないな、という話だ」


 何故だか知らないが、ファースはとても満足そうな顔をしていた。

 もう、最近のファースは、調子狂う。


 そんなこんな話をしていると、目的の部屋に着いた。



 さあ、ここからが決戦だ。

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