幕間 シェミーとサルワ

「××××!」


 顔が見えない、姿も見えない、声もよく聞こえない人が、私に向かって何かを叫んでいる。

 もうそれは、必死に。必至に何かを訴えかけていた。

 私はその言葉を聞き取ろうとするけど、やっぱり聞こえない。

 そのことが、何故かとても悲しくて、涙が出た。



 * * *



「……ここは」


 目が覚めると、私は見覚えのない部屋にいた。手が壁に拘束されていて、身動きが取れない。

 ぼんやりとしている意識が段々と覚醒して、こうなった過程を思い出してきた。


 ――――外を歩いてたらいきなり、知らない人に眠らされて……。


「あら、目覚めたのね。おはよう、アネリ。いえ……、今の貴女はシェミー、だったわね」


 私が色々と考えていると、女の人の声がした。心なしか、夢で聞いた人の声に似ていた。気のせいだろうけど。


「……貴女は誰?」

「覚えてないの?」


 姿を見せた女の人は、私と同じ翡翠色の瞳を持ち、妖しい雰囲気をしていた。


「……はい」


 どうして、そんなことを聞いてくるんだろう? 誘拐犯と面識なんて、あるはずがないのに。

 でもどうしてか、少し懐かしい感じがする。


「それはそうよね。エイリーの手術は素人とは思えないくらい完璧だもの」

「え?」


 エイリーが私に手術をした? 何のために?

 記憶が全くない。


 戸惑う私を見て、興味深そうに女の人は笑う。


「あら、覚えてないの? 本当に完璧なのねぇ」

「何のこと?!」

「思い出したい?」


 名前も分からない女の人が妖しく微笑みながら、そんなことを聞いてくる。


「思い出したいって……?」

「言葉の通りよ、シェミー。?」


 その言葉に私の鼓動は、どくんっと嫌な大きな音を鳴らす。

 思い出したい気持ちと、思い出したくないという、真逆の気持ち。


『思い出さないで、思い出さないで!』


 どくんどくんという鼓動と共に、そんな言葉が頭に響く。

 私の声に似てるけど、私の声じゃない……? 別の誰かの声だけど、私の声……?


『思い出さないで! 後悔するよ!』


 …………っ!


「どうしたの? 急に黙って」


 いやらしく、女の人は笑う。翡翠色の瞳が、ほんのりと光を帯びていた。


 ――――これは、魔法?


「……貴女は何者なんですか? どうして、私を」

「それを知りたいなら、思い出すことね」

「関係ないでしょ」

「いいえ、関係あるのよ。それはもう、切っても切れないくらいにね」

「……でも」

「ふふふ、やっぱり思い出したくないのね?」


 女の人は楽しそうに笑って、それからこう言った。


「いいわ。私の名前を教えてあげる。私の名前は、アニスよ」


 どくんっ。

 血液の流れが速くなる。


 聞き覚えのある名前。何の名前かは知らないけど、心の奥底で微かに反応を見せる。


 ――――私はこの名前を知っている?


「ふふ、やっと効果が出てきたわね?」

「え?」

「貴女が思い出したくても、出したくなくても、貴女は結局思い出すということよ、シェミー」


 心臓の音がうるさくて、女の人の、アニスの声はよく聞こえない。

 体はもう、うまく動かすことができない。軽い金縛りのようだ。


 –––––––私は一体どうなってしまうのだろう?


「そんなに怯えなくても大丈夫よ。貴女は元通りになるだけ」

「元通り……?」

「ええ、今の状態が間違いなのよ」


 アニスは私の頬を撫でながら、そんなことを言う。


「私が全ての枷を外してあげる」

「……やめてっ!」


 ぞくりと体に悪寒が走り、私は恐怖に支配される。

 この人は、危険だ。


「どうして?」

「……」

「どうして? ……まあ、別に貴女の意思は関係ないけどね」

「やめて、やめて。どうして、こんなことするの? 別に、私じゃなくてもいいじゃない!」


 私が恐怖を誤魔化すように言った言葉に、アニスは嬉しそうに、顔を歪ませた。


「戻ってきてるわね」

「え?」

「上手くいってるわ! そろそろ次に行ってもいい頃ね」

「さっきから、何を言ってるの?!」


 アニスは意味の分からない独り言を、ぶつぶつと呟いている。


 ――――この人がどうして怖いか、分かった。


 それは、私のことを見ているようで、見ていないからだ。


「じゃあシェミー、貴女はお休みの時間よ」

「待って、私、まだ何も聞いてない! 少しくらい教えてくれてもいいじゃない!」


 私の叫びを聞いて、アニスは、


「そうねぇ」


 と、考え込む。

 でも、そんなのは一瞬で。


「おやすみなさい、シェミー」


 私の頭を撫でながら、そう言う。

 すると、不思議なことに強烈な眠気が私を襲う。

 睡眠魔法の呪文を密かに唱えていた?

 いや、この人、無詠唱だ。無詠唱で、魔法を使った。


「まさか……、貴女は……、悪魔、なの?」


 薄れゆく意識の中で、私は必死に頭を回す。

 無詠唱で魔法を使うなんて、上級の魔法使いか、上級悪魔だけだ。


「あら、頭がいいのね」


 アニスは隠すことなく、そう言う。


「じゃあ、私が、ここにいるのは……」

「その通りよ、シェミー。貴女には

「……っ!」


 その驚きとともに、私の意識は途切れた。






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