幕間 その頃のファースたち

 俺――レノックス・ボルジャー、通称レノは、ファースの部屋にいた。


「エイリーが本当にいなくなった……」


 友人であるファースの愚痴というか、不安というか、そういうの全部ひっくるめて聞くためだった。


「浮気って、どういうことだ……」


 エイリーと何があったのか説明を終えたファースは情けない声を漏らす。


「エイリーって、浮気って言葉知ってたのか」

「知らなくて良かったんだけどね」


 俺が笑うと、ファースは不機嫌そうな顔をする。


「まあ、エイリーのことだし、そのうち戻ってくるだろ。そもそも、浮気相手いるのか?」


 アイオーン内でのエイリーの交友関係はそこまで広いものじゃなかった。というか、狭い。

 自分がルシール・ネルソンだとバレないようにするためってのもあったんだろうが、それ以外の――そう例えば人付き合いがめんどくさいなんて理由の方が勝ってるような気がする。


 そんなエイリーに浮気相手がいるとは思えない。


「いるだろう!」


 だが、ファースには心当たりがあるようだった。


「誰だ? そんな物好きな奴。お前以外にいるのか?」

「ひどい言われようだな、俺」

「友人なら大歓迎だけど、恋人はちょっと……」


 あの脳筋で、めちゃくちゃ強くて、一直線な彼女を、恋愛対象として見ることは、俺にはできない。

 色気がないというか、可愛げがないというか……。いや、ファース相手には結構乙女チックな表情もしてるのか。

 なんというか、俺にとってエイリーっは、悪友という表現がぴったりな気がする。


「レノの趣味も良いとは言えないけどね」

「なんだと?」


 お前の妹だろうが。


「グリーのどこが可愛くないって言うんだ」

「……言っていいの?」

「かかってこい」


 そしてファースが挑発に乗って、口を開こうとしたとき――


「話がそれてますわよ、おふたりとも」


 グリーの冷たい声が部屋に響いた。


「……グリー、なんでここに」

「あら? へこんでるお兄様が心配で来たのですわ。まあ、それも余計なお世話だったのかもしれなかったみたいですけど」


 にっこりと笑うグリーは遠慮なく、あいている椅子に腰を下ろした。

 そんなグリーの様子を見て、素直に謝るのが一番だと察したファースは「ごめん」よ謝った。


「何がですか? わたくし、怒ってませんよ?」


 相変わらず笑顔を浮かべているグリーだが、絶対怒っている。

 もっとも、少し大袈裟な態度をとっているが。


「……心配してくれてありがとう」


 謝罪の次は感謝を述べるファース。

 それは意外だったのか、グリーは少し面食らった表情を見せる。可愛い。


「エイリーとお兄様のことは今に始まったことじゃないんですし、気にしなくて結構ですよ」

「それは確かに」


 ファースは奥手だし、エイリーは自分の気持ちに気がつかないし、思いが通じ合ったのが不思議なくらいだ。


 俺とグリーがうんうんとうなずいてるのを見て、「うるさいな」と小さな声でファースが言ってくる。

 だが、否定をしない、はっきりと言えないあたりを見るに、自覚はあるのだろう。


「それで? エイリーの浮気相手って誰なんだ?」


 話が脱線しすぎたので、話を戻すことにする。

 ファースはごくりと唾を飲むと、神妙な表情をした。


「ブライアン殿くらいしかいないだろう」


 そして、悔しそうに言い放った。


「ないな」

「ありえないです」


 そして、俺とグリーが声を揃えて否定する。


「ブライアン殿下とエイリーは不仲だったじゃないですか。喧嘩するほど仲が良いってやつでもないでしょうし」

「それにそもそも、ブライアン殿下には婚約者がいるじゃないか」


 もっと言ってしまえば、未だファースへの恋心を完全には自覚してなさそうなエイリーが浮気なんてできるとは思えない。


「それは百も承知だ。だが、国外でエイリーが頼りにする男なんて、ブライアン殿くらいしかいないじゃないか」


 それをファースもわかっていたらしい。

 本気で浮気するとは思っていないようだ。

 エイリーと親しい人なら、誰だってわかることだ。


「じゃあ、何をそんなにうじうじ悩んでいるのです?」


 ため息を吐きながら、グリーは尋ねた。


「エイリーなら、すぐに戻ってくると思ったんだ。仲直りとかそう言うのじゃなくて、ノエルをどうにかするために」

「それはそうだな」


 エイリーの戦法は、正面突破や力でごり押しなんていう、野性的なものだ。

 ファースと喧嘩し、何らかの方法で頭を冷やしたら、すぐにでもリベンジマッチをしそうなものだ。


「ま、エイリーにも色々思うところがあるのでしょう。良い傾向ですわ」

「思うところ?」

「どう考えても嫉妬ですわ。恋人が自分より妹を信じるなんて、むすっとくらいするわよ」


 グリーの言ってることは正しいと俺も思う。


「エイリーだって、ファースがノエルを信じるのくらいわかっていただろう。だが、気持ちは別問題だからな」


 頭で理解していても、気持ちが同じ方向を向くとは限らない。


「嫉妬……」

「よかったじゃないか。一歩前進だな」

「エイリーはきっと、マカリオスで気持ちの整理をつけていると思いますわ! 帰ってくるのが楽しみですわね、お兄様!」


 口々に言われたファースは、かああと頬を赤く染めた。


「なんにせよ、エイリーには早く帰ってきて欲しいものだわ。ここ数日、ノエルの様子がおかしいわ。なんとかできるのはエイリーしかいないもの。

 というわけで、さっさと仲直りしてくださいまし。キスくらいしたらどうですか?」


 ニヤニヤとしながら、グリーが言ってのける。

 ファースが慌てふためく。こいつら、キスもしてないのか。

 端から見るとバカップルなのに、ふたりともピュアだからなぁ。

 婚約もしてないらしいし、一歩前に進むのにどれだけ時間をかけるつもりなんだろう。


「妹からこんなこと言われちゃ、するしかないよな?」


 俺もグリーに便乗して、純情なファースをからかうのだった。






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