49 八つ当たりが嬉しい
しばらくぽろぽろと涙を零していたミリッツェアだったが、落ち着きを取り戻すと、「ごめんなさい」と改めて謝ってきた。
「笑ったことにたいして?」
「それもあるけど、八つ当たりしちゃったことにたいして」
「八つ当たり?」
「そう、八つ当たり」
さっきの嫉妬のこもった罵倒(罵倒なのか?)って、八つ当たりだったの?
それは初めて知ったよ。
「別に八つ当たりしてくれても構わないんだけど」
「あ、いいのね」
「八つ当たり始める前に、一言ちょうだい」
「……八つ当たりってそんなものだったかしら?」
と、ミリッツェアは首を傾げる。
確かに、八つ当たりは言葉をかけてから始めるものじゃないのは、百も承知だけど。
でもさ、当たられる方にも心の準備は必要なんだよ。時間ちょうだい。
今から八つ当たりされます~って覚悟を決める時間が欲しい。
「そう言うことだから、次からよろしく」
「気をつけるわね」
その返事の仕方、次もあるんだ。次も八つ当たりされちゃうんだ、私……。
「それで? ミリッツェアは何を発散させたかったの? やっぱり嫉妬してるの? ブライアン、顔はいいし、身分もいいから、モテるもんねぇ」
「……エイリーに言われると、恥ずかしさが増すわね」
お前が私に八つ当たりしてきたんだろーが!
「ブライアン様がモテるのはわかってたんだけどね。嫉妬、しちゃうこともあるし。それに、私身分がそんなに高くないから、奪い取れると思ってる子たちがまだ多くて……」
「いじめられてるんだ」
「いじめはないわ。ルシール・ネルソンを見てきたから、そういうのは逆効果だってわかるし、いじめる勇気がある人なんていないわ」
「お、おう」
即答かい。
人の振り見て我が振り直せってやつ?
「でも、陰口はあるし、なんとなく浮いちゃってる感じはあるの。この間まで、聖魔法も使えなかったし、大分ストレスがたまっちゃって、八つ当たりしてしまいました。ごめんなさい」
ミリッツェアは一時の気の迷いで八つ当たりしてしまったことをとても気にしてるようだった。
本人、全く気にしてないんだけどね。むしろ、気にしてなさすぎて、こっちが申し訳なくなってきた。
「そんなに気にしないで。私が気にしてないから!」
「本当に?」
「本当の本当だって!
いいじゃん、言いたいこと、言いたくなることがあったって。誰かに八つ当たりしたくなることがあったって。人間なんだし」
ただでさえ、貴族というのは言いたいことが言えない。それにミリッツェアは、色々重なって、いつ本音を言っていいのかわからなくなってしまったんだろう。
それがたまりにたまって、ぽろりとこぼれてしまっても、仕方がないと思う。
「エイリーは言いたいこと言って、生きてるもんね。説得力が違うね」
場を和ませるようなシェミーの柔らかい声が響く。
「それに、ミリッツェア。エイリーが気にしてないのは本当だと思う。これは私の予想でしかないんだけど、多分ね、エイリー、どっちかって言うと、嬉しいんじゃないかな?」
「嬉しい……?」
不思議そうにしてるミリッツェアから、私に視線を移したシェミーは「そうでしょ?」と聞いてくる。
「そうだけど! どうして、わかったのさ?!」
恥ずかしいから、言わないでおこうと思ったのにっ!
「だって、嬉しそうな顔してるじゃん」
「そんなに?!」
「さーて、どうかな」
ふふふ、とシェミーは誤魔化すように笑うと、口を閉じてしまった。
くそ、言い逃げだ。言い逃げしやがった。
「……どういうこと?」
「……言わなきゃダメ?」
「できれば聞きたい」
真っ直ぐに見つめられてしまっては、私も簡単に逃げることはできないだろう。
恥ずかしい、くそ恥ずかしいんだけど?!
でも、多分私が言わなかったら、シェミーが言う。絶対言う。
その前に自分で、言った方が楽なのかも、しれない?
「こういうの、距離が縮まったみたいで、嬉しかったの! 八つ当たりしてくれるのも、本音を言ってくれるのも、なんか、友達って感じしない?! 私はしたの!」
ミリッツェアとは、上手くかないだろうなと思ってた。
私は何もしてないけれど、姿は彼女を散々いじめたルシール・ネルソンだ。
距離をとられても仕方なかったのに、彼女はこうして普通に接してくれる。
それが、ただただ、嬉しかったのだ。
「……変なの」
「変って何さ?! わ、私、これでも勇気を持って、話したんだけど?!」
「だって、私は良き友人だって思ってるのよ。それに、恩人でもあるわ」
再び目に涙が滲んだミリッツェアは、それを拭いながら笑う。
「本当に?」
「本当の本当よ」
「嘘じゃない?」
「私より疑り深いわね」
くすくすとミリッツェアが笑うのを見て、私も思わず頬が緩む。
「きっと、エイリーなら受け止めてくれるって、許してくれるって、どこかで思ってたんだわ。だから、八つ当たりしちゃったんだと思う」
「嬉しいこと言ってくれるじゃない」
ははは、とミリッツェアは笑って、静かに言葉を続けた。
「私、ずっとわからなかったの。
確かにブライアン様を愛してたし、愛されていた。でも、人の婚約者を奪ってしまったことに変わりはない。愛だけでなんとかできるほど、単純なものでもなかった。
何が正しいのか、正義なのか、わからなかった。
だからせめて、ふさわしくなれるように、頑張ることにした。強く、気高く、美しくあろうとした」
真面目だなぁ。ミリッツェア、真面目すぎない?
もっとさ、『好きな人と結ばれた! 嫌な奴が消えた! ウエーイ!!』くらいの気持ちでいいんじゃないの? 私はそれでいいと思うんだけど。
「だから、ミリッツェアは気負いすぎなんだって。もっと気楽に生きていいし、もっと人を頼っていいんだよ。多分、ブライアンだってそれを待ってるんじゃないの?」
「……エイリー」
「ブライアンに話しづらいことだったら、私が聞くし。私じゃ頼りなかったら、シェミーが聞くでしょ」
「まだ、互いのことがよくわかってないけど、それでも良かったら」
「……シェミー」
ミリッツェアは顔を覆って泣き出した。たまっていたものがどんどん出てきて、良いことだと思う。
涙声で、「ありがとう」と何回も繰り返していた。
これでミリッツェアの肩の荷が下りればいいんだけど。
こうさせてしまったのも、私のせいと言えば私のせいだからねぇ……。
「エイリーもミリッツェアも、不器用すぎるね」
「否定できない……」
シェミーが小声でそう漏らしながら、微笑んでいた。
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