104 しんみりするお別れなんて嫌だ

 翌日。

 私はシェミーとふたりで、再び王城を訪れた。


 アニスの遺体はアイテムボックスの中にしまい、持ってきてある。生きてる人間は入れられないが、死んだ後の人間は入れることができるのだ。死んだら肉体は、“もの”として扱われるのだろう。


 アイテムボックスに遺体入れるのは、かなり失礼というか、薄情な感じはするが、アイテムボックスに入れることによって、遺体の劣化を止めることができるのだ。適切な対処といえば対処だろう、とひとりで納得する。


「今日も来てくれてありがとう」


 私とシェミーは、マノン様専用の応接間へ呼ばれた。


「いえ。王妃様のためならば、苦ではありません」

「そんなに堅くならなくていいのよ、シェミー」


 きっちりとしたことを言うシェミーに対し、マノン様は、親戚の子供に向けそうな微笑みを浮かべる。


「しかし……」

「貴女は、私の親友の子供なのよ? 堅くなられると、私、悲しいわ。だから、私のことはマノンおばさんとでも呼んで」

「マノンおばさん?!」


 驚きのあまり、私が声を出してしまう。

 マノン様、お世辞抜きで若い(若く見える)し、お美しいので、おばさんなんて、違和感しかない。

 というか、そもそも自分でおばさんを名乗るとは。


「流石に、マノンおばさんは、その……」

「あら、どうして?」

「マ、マノン様は、お美しいので、おばさんなんて呼べません。それに、身分も違いますし……」

「あら、ありがとう、シェミー。じゃあ、マノンお姉さんと呼んでくれてもいいのよ?」

「あの、マノン様で許して貰えないでしょうか?」


 身を小さくさせて、シェミーは言う。

 まあ、確かに王妃様に向かって、お姉さんとか呼べなよな。私も流石に無理。(お前が言うなというツッコミは受け付けない)


「わかったわ。でも、本当に気軽に接してくれていいのよ? 私だって、名家出身じゃないもの。なんか流れで、王妃になっちゃったのよ」

「流れなんですか?!」

「まあ、流れというか運命の悪戯というか」

「幸せそうでなによりですね?!」


 この人、私が思っている以上にやばい人なのでは……?

 いや、そんなこと考えるのはやめよう。深く考えないのが一番だ。うんうん。


「さて、本題に入りましょう。――――そういえばエイリー、アニスの遺体が見当たらないのだけど」

「ああ、今出します」

「出す?」

「あれ、マノン様知りませんでした?」


 そう言いながら、私はアイテムボックスから、アニスの遺体を取り出した。


「ええ、知らないわ。何その魔法……?」

「私にもよく分からないんですけど、物を入れたり出したりできる魔法です」

「……魔法じゃないの?」

「え?」

「今、エイリー嘘ついたじゃない。魔法じゃないなら、何?」


 魔法じゃないから、嘘だな。確かに私、今嘘ついたな。

 でも、他にどう説明すればいいのさ?! 前世の記憶を思い出したらおまけでついてきたゲーム補正ですってか? 意味のわからない説明になるだけだろ。

 うげぇ、めんどくさー。


「厳密には魔法じゃないんですけど、魔法みたいなもんですよ」

「ふーん、そうなのね」

「そうなんですそうなんです」


 必殺・笑って誤魔化す、発動!!


「まあ、いいわ」


 別にアイテムボックスがメインじゃないので、マノン様も深く追求してこなかった。


「アニス……、本当に死んでしまったのね」


 マノン様はアニスの手を取ると、少し声を重くして言った。


「馬鹿。もっと頼ってくれても良かったのに……! 馬鹿、馬鹿馬鹿馬鹿!」


 ぎゅ、と手を強く握りしめるマノン様の目には水滴が浮かんでいた。その後も私たちを忘れたかのように、ぶつぶつとマノン様はアニスに言葉をかける。

 しばらくして、私たちがいることに気がついて、


「あ、ごめんなさい。取り乱しちゃったわ」


 と、申し訳なさそうな顔をした。

 別に、迷惑なんて思ってない。それとも、『早く帰りたいー』みたいな気持ちが、顔に出てたのかなぁ?


 まあ、そんな沈んだマノン様に対し、シェミーが声をかけた。


「マノン様、今話しておかなければならないことだけ、教えてください。そしたら、私たちは立ち去りますので」


 ね?、とシェミーは私の方を見てくる。私も同じ意見だったので、こくりと頷く。


「遺体は私が引き取り、近々葬儀を行い、墓も作ります。費用や段取りも全てこちらでやるから、シェミーはなんの心配もしなくていいわ。詳しいことは追って連絡するけど、シェミーの希望があればいつでも言って頂戴」

「わかりました。母をよろしくお願いします」

「任されました」


 そうして、私とシェミーは部屋を出た。

 部屋からは、涙を我慢するような明るい声が聞こえてきた。


 悲しくお別れなんて、したくないもんな。でも……。


「帰ろっか、シェミー」

「そうだね、エイリー」


 なんとなく重い雰囲気をまとった私たちは、歩き出した。

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