閑話 シェミーの決意

 私、シェミーは隣を歩く、命の恩人――エイリーをちらりと見る。


 踊る戦乙女ヴァルキリーと呼ばれる英雄、孤高の冒険者・エイリー。

 しかしその正体は、隣国・マカリオスの公爵令嬢、ルシール・ネルソンだったのだ。

 エイリーが封じてくれていたゼーレ族の力が蘇った時に、私は知ってしまった。


 ルシール・ネルソンの良くない噂をたくさん聞くが、私を助けてくれた友達はエイリーであって、ルシール・ネルソンではない。

 だから、深く言及することはしないで、私の胸の内にとどめておこうと決めた。


 そうして、私は回想に浸る。



 * * *



 サルワと会話をし、そして『依り代にする』と言われ、私は再び意識を失った。



 私の意識は精神世界とでも言うのだろうか、右も左も上も下も全てが真っ白な場所を、漂っていた。


 そしてシェミーわたしは出会ってしまう。もうひとりの私と。


 彼女はぶつぶつと独り言を唱えていた。


「戻ってしまう、戻ってしまう!! そうしたら、ワタシは……?! ワタシはどうなってしまうの?!」


 奥深い翡翠色の瞳と、藍色の編み込まれたセミロングヘア。

 全くシェミーわたしとは似ていないが、彼女も“ワタシ”であることは理解できた。


「あの……?」

「……っ!? シェミー……」

「どうか、されましたか?」


 私が声をかけると、彼女は一気に絶望の表情になる。


「ここまで進んでいるとはっ。もう、手遅れね。どうして、こう、上手くいかないの?!」

「あの?」

「私はもう、うんざりなのっ!!」


 彼女の叫びに私は胸が痛む。

 彼女の痛みが、直に伝わってくる。彼女の苦しみが、私にはわかる。


 ――――そして、同調が始まる。


「……っ?!本当に手遅れなのね」

「そんなに悲観しなくてもいいんじゃないかな?」


 悲しそうな顔をする彼女に、声をかける。


「どうしてそんなことが言えるの、シェミーわたし

「だって、ワタシたちには自我がある。自分で自分のことを決められる。。今度こそ、生きたいように生きられる。そう思わない、ザリチュわたし?」


 ザリチュ。

 もう1人のワタシの名前。

 前世の私の名前。


「そう、もうそこまでは進んだの。ザリチュわたしが消えるのも、もうすぐね」

「消えないよ、一緒になるだけ」

「……そうだね。ねえ、シェミー、後悔しない?」

「何を?」

「人生を」

「それは、これから次第じゃない? ……まあ、後悔なんて、しないと思うけど」


 にこり、とザリチュに私は微笑むと、


「そうだよね」


 ザリチュも笑って消えていった。



 * * *



 今思うと、不思議な体験をしたものだ。過去の自分と対話をするなんて。


 私はザリチュと同調し、全てを思い出した。

 ザリチュわたしの過ちも、選択も、苦しみも、憎しみも、全部全部。



 同調している途中でサルワに起こされ、取り憑かれそうになったところを、エイリーが助けてくれた。

 同調している途中だったため、サルワに取り憑かれたが、エイリーが私を呼び戻してくれた、助けてくれた。


 あんな熱い言葉を貰ったのは、人生で初めてだった。あんな言葉がエイリーの口から出てくることも意外だったけど。


 簡単な言葉になっちゃうけど、凄く嬉しかった。


「ねえ、エイリー」

「どうしたの?」

「いつも、ありがとね」


 猛烈に感謝の言葉を伝えたくなったので、私は日常会話をするようにお礼を言った。


「急にどうしたの?!」

「別に、お礼が言いたかっただけだよ?」

「さては、何か企んでるな?!」

「企んでないよ」

「本当に?」

「本当、本当。人の感謝を疑わないでよ」

「だって、私最近かなり騙されてたから……!」

「あー」

「否定してよ」

「だって、話し聞く限りだとかなり……」

「かなり?」

「ちょろいなぁって」

「酷い?!」

「冗談だよ。本当、いつもありがとう、エイリー」


 私がもう一度言い直すと、エイリーは少し頰を赤く染めた。想像以上の照れ具合だ。


「……抱きついていい?」

「昨日、散々抱きついたじゃん」

「別腹で!」

「別腹って何?」

「うるさいな、えいっ!」


 そんなことを言いながら、エイリーが思いっきり抱きついてきた。


 ――――温かい。


 この温もりを忘れないようにしよう。

 この温もりのために、私は生きていこう。


 この温もりのために、私は戦おう。


 エイリーの温もりを感じながら、私はそう決意するのだった。


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