84 上手くやられた英雄さん
「そんなに警戒しなくても、簡単な取り引きよ」
そんなわけないだろ。
悪魔との取り引きなんて、ロクでもないことに決まってる。
「何がお望み?」
「アニスの娘を私に頂戴?」
「……っ!」
こいつ、知ってたのか。シェミーが、アニスの娘だってこと。
少し、まずいかもしれない。
「そんなの、知らない」
「あら、嘘は駄目よ?」
「嘘じゃない」
「私に嘘は通じないからね? 上級悪魔は、依り代にした体の能力も使えるんだから」
「……っ!」
完璧に詰んでるじゃないか、これ。
アニスの体を依り代にしていると言うことは、サルワはゼーレ族の力も使えると言うことだ。
嘘も通じないし、幻想魔法も通じない。
「だから、正直に私に頂戴? 痛い目に遭うわよ?」
「はっ、誰に向かって言ってるの?」
私を倒そうってか? それは、それは。自信過剰にもほどがあるんじゃない?
「ふふ、誰でしょうねぇ?」
余裕の笑みを浮かべるサルワ。ここまで余裕があると、逆に奇妙だ。
何か、打開策でもあるのか……?
サルワを睨みながら、私はクラウソラスをサルワに向ける。
「怖いわね、エイリーちゃん」
「さっさと、ヴィクターの仲間を返してよ」
「だから、取り引きだって言ったでしょう?」
「取り引きに応じたら、無事に返してくれるとは限らないじゃん」
悪魔となんて尚更だ。
というか、ヴィクターの仲間って無事なのかなぁ?
「あら、信頼ないのね?」
「悪魔を信頼する馬鹿者が、この世界のどこに存在するって言うの?」
「ふふ、それもそうねぇ。
さて、エイリーちゃん。これが最後よ? 取り引きに応じ気はないのね?」
「当たり前でしょ」
取り引きに応じるより、戦った方がぶっちゃけ早いし。
サルワを倒せばほとんどの問題解決するし!
「残念だわ、エイリーちゃん。本当に、残念」
「何が言いたいの?」
「ねぇ、エイリーちゃん。質問よ? アニスの娘……アネリは、シェミーでいいのかしら?」
「……」
「沈黙は肯定と捉えるわ」
「だから、何?」
どうして、こいつはシェミーにこだわるんだ? シェミーに何を求めているの?
こいつとゼーレ族との関わりなんて、アニスの体を依り代にしているだけじゃん。依り代の質の問題? それとももっと別の……。
……まさかっ?!
私のはっとした顔を見て、サルワは楽しそうで、意地悪い笑みを浮かべる。
「気がついたようね、エイリーちゃん」
「と言うことはっ!」
「ええそうよ。私は、ゼーレ族と繋がっているわ。復活派とね」
「いつから?」
「いつからだったかしら?」
「とぼけるな」
私はサルワの喉元に、剣先を突きつける。
「短気ね、エイリーちゃん。でも、いいわ。特別に教えてあげる。だから、剣を下ろして?」
そう言うので、私は大人しくクラウソラスを下ろす。
「実は私、前の封印の時、運良く逃れてたのよ」
「は?」
「丁度その時、ディカイオシュネーに私は潜んでいてね。見つからなかったわけ」
「だったら、どうしてもっと早く動き出さなかったの?」
「準備もしてないのに、バレたら台無しじゃない。せっかく封印から逃れた意味がないわ。
話を戻すわね。それで、アニスがゼーレ族の里を解散させたじゃない? それに納得できないゼーレ族たちが、軍事国家・ディカイオシュネーに協力を求めてきたの」
「は……?」
ディカイオシュネーといえば、アイオーンと言うか、他の国々全てと仲の悪い国だ。我らこそ、世界の支配者的な思想を持っていて、いつか戦争を起こしてもおかしくはないとされているのだ。
まあ、今は魔王の脅威があるので、ディカイオシュネーも表立っては動けないみたいだけど。
「面白いなぁ、って思った私は、協力することにしたわけ。それで、アニスを探して、見つけたんだけど、それがまた面白くて。
なんと、アニスの潜んでた先はディカイオシュネーの亡命者の村だったのよ」
「じゃあ、シェミーの住んでた村を襲ったのはっ!」
「ええ、私たちよ。アニスを殺したのも私」
「アニスを殺した?」
「ええ。依り代って生きた人間でも死んだ人間でもいいんだけど、私は死んでる人間の方がいいのよね」
「どうして?」
「その方が魂が濁らないし、美しいじゃない」
「それだけで、殺したの?」
「そうよ。今更じゃない。私は何百人も人を殺してるのよ? それに、敵対する人間どもを殺して何が悪いの?」
罪悪感を感じてない顔で、サルワは言ってのける。
ひしひしと、私の怒りは積もっていく。
つまり、サルワはシェミーの仇、なんだな。
「お前は私が倒すっ!」
「あら、それは楽しみ。でも、残念ながら、それは今日じゃないわね」
「逃げる気?」
「戦略的撤退って言ってほしいわ。だって、本当の目的は達成できたもの」
「何?!」
「ここにいるのが、全員な訳ないでしょ。こいつらはあくまで捨て駒よ」
「……まさかっ!」
「エイリーちゃんは、騙しやすくていいわぁ。お陰で、シェミーを捕まえることができたわ、ご協力ありがとう」
つまり、私はやすやすと時間稼ぎに乗ってしまったということだ。痛い目に遭ったのは、私じゃなくてシェミーだったということだ。
本当に私、ちょろすぎないか? ちょっと、自分に呆れたよ。
「お仲間さんたちは、無傷よ。ここの二階の部屋で眠ってるわ。ここで、眠りこけてる無能どもも、好きにしていいわ。まあ、何も知らないから、情報を吐き出そうとしても無駄だと思うけど。
それじゃ、私はそろそろ行くわね。また会いましょう、エイリーちゃん」
「逃がすと思う?」
「逃げれると思う。私の得意魔法は、転移魔法だもの」
ふふふ、とサルワは笑うと段々と霧が濃くなり、近くにいたサルワの姿も見えなくなった。
「霧よ、晴れろ!」
やけくそで、そう魔法を唱え、霧を払うとそこにはもう、サルワはいなかった。逃げられた。
「ああもうっ!」
何もできなかった私は、そう叫んだ。
絶対、やり返してやる、と決意しながら。
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