42 シェミーは天使(断言します)

 お昼のピークを終え、シェミーが休憩をもらえると、私はシェミーの部屋に案内された。


「今日はありがとうね。今日のお給料は私の特製料理ってことでどう?」


 そう言って、シェミーは私の前に香辛料が程よく香る、美味しそうなカレーを置く。

 何そのお給料。最高なんだけど! それがもらえるなら、定期的にアデルフェーで働きたい!


「わあ、カレーだ!」

「エイリー、好きでしょ?」

「うんっ!」


 この会話、ちっちゃい子供とお母さんの会話みたいだな。

 おかしいなぁ。私とシェミー、そんなに歳離れてないんだけどな。


 シェミーが大人すぎるんだよね、うんうん!

 カレーが目の前にあるから、テンションが高め。


 食事前のお祈りをすますと、スプーンでカレーをすくい、ぱくりと食べる。

 美味しい。美味しいよ。


「やっぱり、シェミーの料理は最高だわ〜」

「私もエイリーが美味しそうに食べてくれるから、嬉しいよ」


 ふふふ、とシェミーが私の方を見て、優しく微笑む。

 ここに天使がいるよぅ……。


 私たちは、軽い雑談をしながら、カレーを食べ終える。

 ……まあ、シェミーのカレーが美味しすぎて、ほとんど会話なんてしないで、もくもくと食べてたんだけど。


 シェミーがデザートのシフォンケーキとレモンティーを持ってきてくれて、それを食べながら、ぼちぼち本題に入ろうということになった。

 私もシェミーもそれぞれ話したいことがある。


 ……私のはあってないような感じだけど。


 私の話の方が早く終わりそうだからと、ふたりの意見が一致したので、私は遠慮なく話し出す。


「私、実は隣国の公爵令嬢、ルシール・ネルソンなんだけど」

「うん、知ってるよ」

「その口調だと、幻想魔法が解ける前から知ってるよね……?」

「エイリー、忘れちゃったの? 私、ゼーレ族だから、幻想魔法効かないんだよ」

「ああ、そういえば、そうだったね!?」

「……本気で忘れてたんだ」


“シェミーはゼーレ族(先祖返りを起こしてるから、ちょー強い)”という事実を、完璧に忘れてました。

 だって、だって! 普通にアデルフェーで働いてるし! 可愛いし! 正直、これぽっちも強そうに見えないんだよ!!

 忘れるのも仕方ないと思うんだ。うん。


「えーと、つまり、記憶を思い出したときに、全部知ってたってこと?」

「うん。そうだよ」

「……どうして、何も言わなかったの?」

「え?」

「だってさ、幻想魔法かけて、騙してたんだよ? しかも、悪名高い我儘令嬢だし……」


 もし私がシェミーだったら、同じような態度をとれただろうか?

 何も聞かないで、いつもと変わらない態度で、接することができただろうか?


 無理だ。

 少なくとも、何かを聞きたくなってしまう。態度に変化が出てしまう。


 なんて、考えていると、シェミーがふふふ、と笑い出した。


「あれ……? 今の話に、笑うような要素あった?」

「ふふふ、エイリーでもそんなこと考えるんだなって」

「おい?!」


 思うんだけどさ、皆私のことなんだと思ってるんだろうね?!

 私、普通にへこむし、シリアスにもなるし(若干仕事してない感じあるけど!)、気まずくなることだって、罪悪感感じることだってあるんだけど?!

 どうして皆、私はそういうのない人って思ってるのかなあああ?!


「だって、エイリーなら、『あはは~、実はそうなんだよね。ごめんごめん』って言いそうじゃない」

「……そうなの?」

「うん。皆、そう言うと思うよ」

「なんで?!」

「そんな風に疑問に思う方が、私にとっては不思議だよ」

「なんでええ?!」


 解せぬ!


「だから、ここまで気にしてるのが、意外なんだよね。それは私だけじゃないと思うよ」


 ついにシェミーは、私の言葉を無視して、話を進める。

 ほんわかしてるので、無視された気がしないのが、これまた悔しい。


「きっとエイリーは、自分が思っている以上に、罪悪感を感じてたんだと思うよ。私たちを騙していることにさ。そんなの、気にしないのに」


 紅茶をすすって、シェミーはまた話し始める。

 私は何も言うことができなかった。


「関わったことがある人なら、エイリーのことわかるから。噂で流れているルシール・ネルソンみたいな人じゃないことも。それを隠していることには何か事情があることも。エイリーはエイリーだってことも」

「シェミー」

「だから、そんなに心配しなくても、大丈夫だよ」


 シェミーは笑う。その優しい笑みは、女神様にも負けないと思う。

 それくらい、温かいものだった。


「それにね、エイリーだって、私のことを何も聞かないでくれたじゃない」

「え」

「だから、それと同じ」


 シェミーはいつもと変わらない口調で言う。

 話しているないようも、そこまで変なことではなかった。


 だから、おかしいのは、私だ。

 こんなに、泣きたくなるなんて、おかしいんだ。


「皆、エイリーには感謝してるんだよ。危険な魔物を倒してくれるし、なんだかんだ言いながら、助けてくれる。だから、皆、態度が変わらないんだよ」

「そっかぁ……」


 人徳ってやつか。

 日頃の行いってやつか。

 まったく、困ったもんだなぁ……。


 ぽろぽろと目から水滴が落ちてくる。


「ふふ、泣くほど嬉しかった?」

「な、泣いてないしっ!」

「そうなの?」

「そうなのっ! これは、汗なのっ!」

「そっか」


 シェミーはそれ以上、何も聞かなかったし、言わなかった。


 だから、私は、静かに泣いた。

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