83 厄介なことになった
「誰?!」
今の魔法で、眠らなかった人がいるの? かなり強力な魔法なのに。その証拠にヴィクターだって眠っている。
事前に対抗していても、眠ってしまう人がほとんどなのに。
起きてる人がいるなんて、想定外。よっぽど魔法に対する抵抗力が強いんだろう。
「こんにちは。そして、初めまして」
怪しげに笑いながら、姿を現したのは私が見たことのある女性だった。
――――翡翠色の瞳のシェミーにそっくりな女性。
「……ア、アニス?!」
――――シェミーの母親、アニスとそっくりな女性。
「あら、知っていたのね。嬉しいわ」
「……本当にアニスなの?」
アニスは死んだはずだ。
シェミーは死ぬところを確認していないが、あの状況だったら高確率で死んでいるはずだ。
生きている方が不思議なくらいなのだ。
「ええ、私はアニス・ゼーレよ? ルシール・ネルソン?」
「…………私は、エイリー。ルシール・ネルソンじゃない。ルシール・ネルソンって呼ばないで」
これだから、幻想魔法が通じない人は嫌なんだよ。皆ことごとく、『ルシール・ネルソン』って呼んでくる。
本名(?)で呼ばれても嬉しくないし! 普通にエイリーって呼んでほしい!
あんな悪魔令嬢と一緒にされたくない。
でも、ルシール・ネルソンも間違いなく、私の一部なんだよなぁ……。
それに、私の勘が告げている。
こいつは、アニス・ゼーレじゃない。シェミーの母親のアニス・ゼーレじゃない。
だったら。
――――こいつは、一体誰なのだ?
ぐるぐると思考を活性化させるが、ぴんとくる答えを導けない。
「黙らないでよ。つまらないじゃない」
「……貴女は、何者なの?」
「だから、アニス・ゼーレだって言ってるじゃない」
「嘘言わないで。貴女が、アニスなわけない」
「酷いなぁ? どっからどう見ても、アニス・ゼーレじゃない」
「自分のことを、フルネームなんかで呼ぶ人いる?」
「ふふふ。確かにそうね」
アニスの姿をした誰かは、段々と楽しそうな表情を浮かべる。
くそお、ムカつくなぁ。さっさと謎を暴いてやりたい。
「あ」
「どうしたのかしら? ルシールちゃん。あ、今はエイリーちゃんだったかしら?」
くそお、余裕の笑みを浮かべやがって。
でも、こいつの正体が何となくわかった。
というか、そもそも私が知っている中では、他者の体を乗っ取れるものなんて、ひとつしかない。
だったらもっと早く気づけよなって感じ。私、どんだけ頭悪いの。
「黙って、悪魔」
「ふふふ」
「聞くのは最後だからね? 答えなかったら、問答無用で消す。貴女は誰?」
「あらあら、怖いわ、エイリーちゃん」
「早く答えて」
私はクラウソラスをアニスに向ける。
もういい加減、答えてよ。私、そんなに我慢強くないんだよ。
「アニス・ゼーレよ、体わね。私の名前は、サルワ。
「
「あら、聞いたことある?」
「そりゃあ」
確か、ルシールを乗っ取っていた悪魔――タローマティだっけ――も、
あと誰だったかなぁ? 驚くほどに全く覚えてない。私、ポンコツすぎるだろ。
「あまりこの名前が世界に広がってないから、寂しいのよね」
「そうなの?」
まあ、上級悪魔の呼び方なんてどうでもいいわな。
魔王は敵! 悪魔も敵! 魔物も敵! だしなぁ、この世界。
「だから、
「へー」
心底どうでもいい。マンユ・ダエーワだろうが、カルボナーラだろうが、なんだっていいじゃないか。
「ところで、サルワ。
「それは知らないのね?」
「知らないって言うか、忘れた」
「ふふふ、忘れたねぇ」
楽しそうにサルワは笑う。
何が楽しいのかは、私にはさっぱり分からない。
「
私、サルワ。それと、タローマティとジャヒーに、アエーシュマ、それにドゥルジね」
うわぁ、聞いたことの名前が何個かあるぞい?
ジャヒーって、前に会ったことのある悪魔だよなぁ?
「ふふ、ちゃんと覚えておいてね」
「保証はできないね」
なんせ、私は忘れっぽいのだ(どやぁ)。
「そう、残念ね。あら、そう言えばかなり話が脱線してるわね」
「そうだね」
サルワが中々名前を教えてくれなかったのが悪いと思うんだけどね、私的に。
名前くらい、もったいぶることなくない?
「エイリーちゃん、貴女、お友達の仲間を助けに来たんでしょう?」
「逆に、それ以外に何があるって言うの?」
「そうよねぇ」
ふふふ、とサルワは笑う。さっきから、こいつ笑ってばっかだな。
「じゃあ、取り引きしましょ?」
「取り引き?」
どうやら、簡単には済まなそうだ。
私は、気を引き締め直した。
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