閑話 ファースの回想

「光よ、照らせ」


 俺––––セーファース・マスグレイブは、魔法で部屋の明かりを灯した。

 光を発する魔法だが生活魔法なので、どんな人でも使えるし、魔力の消費もほとんどない。


 椅子に座り机に向かって、学園の課題をやるべく、ペンを握った。


 俺の通う学園、というものは、名家の子女のみが入学を許させる、いわば第二の社交場である。コネ作りに、婚約者探しに、ちょっとした戦場でもあるわけだ。

 学園では、政治や法律の基礎は勿論、興味のある学問の専門的な知識も学べる。三年間通うことになっており、俺は二年次である。


 今日は、かなり遊び歩ってしまったが、そのことに微塵も後悔していない。

 踊る戦乙女ヴァルキリーのこと、エイリーと出会えたのは、幸運で、素直に嬉しかった。


 数々の英雄譚を持つ、孤高の英雄・踊る戦乙女ヴァルキリー。どんな性格をしているのか、一度は会ってみたかった。

 が、あまりにも予想外な出会いだった。


 * * *


 父に頼まれ、マスグレイブの秘宝を探すべく、妹のグリーとその婚約者であり騎士団長を務めるレノと共に、遺跡のある森へ向かった。


 そこにはあまり強い魔物は出ないと聞いていたので、俺たちは気楽に森を歩いていた。

 実際、そんなに強い魔物はいなく、騎士団長のレノ1人で十分であった。……最初の方は。


 森の奥行くに連れて、魔物が徐々に増えてきた上に、強くなっていった。

 同じ森なのに、ここまで力差があることは珍しく、俺たちは警戒を強めた。


 3人という少人数のため、マップを見ながら、出来るだけ魔物の少ない道を選んで、遺跡まで行こう、という安全策を取ることにした。


 ――――それがいけなかった。


 安全策は、結果的に遠回りになってしまい、その分多くの魔物と戦うことになってしまった。


 それだけなら、なんとかなったのだが、問題は、ある一匹の魔物だった。

 一匹の、巨大な猫型の魔物。

 グリーは、猫が大の苦手であった。いや、大の苦手、で表現できるものではない。この世で1番嫌いなものが、猫なのだ。常々、グリーは、『猫なんて滅びてしまえ!』なんて、猫好きに聞かれたら殺されそうなセリフを吐いている。


 そんなグリーは恐怖とパニックで、剣を落としてしまい、エイリーのいう、“上品なグリー”に戻ってしまった。


 それで余計に、猫の恐怖が襲ってきてしまい、グリーは金縛りにあったみたいに動けなくなった。


 流石にレノもグリーを守りながら、前衛を1人でやるのは苦戦しており、結果的に魔物に囲まれる羽目になってしまった。

 魔物は徐々に減っていくが、それ以上にレノのHP、俺の魔力の減りの方が早く、どうしようもない状況だった。


 この魔物たちは、逃げれば追いかけてこない、と聞いたことがあるので、いっそグリーを担いで逃げるか、と考えた時だった。


 周囲の魔物たちが吹き飛び、茂みから陽の光を浴びた1人の少女が出てきた。


 俺は一瞬、天使が降臨したのかと思った。それほどまでに、少女は神々しかった。

 が。彼女の口から出たのは、天使とかけ離れた言葉の数々。しかし、彼女の魔法は人知を超えていた。


 彼女が踊る戦乙女ヴァルキリーだと聞いた時は、まさかこんなところで会えるはずない、踊る戦乙女ヴァルキリーがこんな乱雑な人なはずはない、と疑いが優ってしまい、エイリーには、失礼なことを言ってしまった。


 彼女は、言いたいことを素直に言い、気さくで、俺の友人にはいないタイプの人だった。品と策略の貴族の子女ばかりの交友関係にも飽きてきていら上に、割とそういうタイプは好きだったので、すぐに仲良くなれた。レノもグリーもそうだろう。


 あっちがどう思っているのかは分からないが、そんなに嫌われてはいない様子だった。

 エイリーの性格からして、嫌いなものは嫌いというはずだからな。


 エイリーの強さは異常だが、本人が全くそれを理解していないので、鼻にかけることもない。

“嫌味ったらしいところはあるが、基本的には、いい奴”というのが、俺のエイリーに対する印象だった。


 * * *


 今日は本当に楽しかった。

 宝探しも楽しかったが、俺的には、街での出来事の方が楽しかった。


 エイリーの普段の姿、住んでいるところ、友人など、日常に触れることができた。エイリーの日々は、暖かいものだった。


 ……まあ、エイリーは、視線と噂話にも囲まれているが。それは気づかなかったことにしよう。

 エイリーも中々苦労をしてそうだ。


「よし」


 回想はここまで。真面目に学園の課題に取り掛かろう。

 学園にもエイリーがいればなあ、と思いつつ、俺はペンを動かし始めた。



 課題の途中で、エイリーと間接キスをしたことを思い出して、赤面してしまったのは、ここだけの秘密だ。

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