55 魔王がいなければそれでよし!

 王様と面会した翌日、私はさっそく森に来ていた。面倒なことはさっさと終わらせたかったからだ。


「……にしても、魔物多くない? 嫌がらせ?」


 森に入って数分、まだ入ってきた所が見えるのに、魔物がうじゃうじゃといる。

 この間来たときは、こんなにいなかったのに。まあ、魔王の相手をしてて、魔物の討伐なんかあんまりしなかったんだけど。

 それにしたって、異常な数。どこに隠れてたんだ?


 でも、これだけ集まってるなら好都合。一気に聖魔法をかけることができる。


「やるかー。先が長そうだなぁ」


 と、ぼやいて、クラウソラスを抜くのだった。



 *



 森に入って、一時間。大体の魔物を倒し終えた。


「くそ疲れた」


 聖魔法で倒しても倒しても、魔物は次々と湧いてくるのだ。

 一匹一匹はそんな強くないのに、数はいるし、小出しに出てくるし、無駄に時間がかかった。

 最初から一斉にかかってきてくれれば、こんなにくたびれることもなかったのに。一回で終わったのに。


 恨みをこめながら、ため息をひとつ。


「これだけ魔物が出てくるってことは、あの魔王がいるのか?」


 魔物は元々、魔王の一部だって話だし。私に対する嫌がらせで、魔物を向けてくるのも不思議じゃない。

 嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。魔王なんかに会いたくない。


 やっと一息つけたので、魔王がいるのかどうか確認するために、マップを開く。

 いませんように。いませんように。


「……魔王はいないみたいだ。やったー!」


 あのくそ野郎に会わなくてすむことが嬉しすぎて、柄にもなく、キャッキャしてしまう。

 誰もついてきてないから、ひとりでキャッキャしてるんだけどね。ただの変な人だよね。


 でも、こんな魔物のあふれかえった森に、今人がいるとは思えない!

 だから、何をしようが私の自由! 私がひとりでキャッキャいてようが、何の問題もないのだ!


「うひょー! やっほーい」


 たくさんの魔物を倒した疲れなんかどこかに飛んでいってしまった。


「……何があったのか知らないけど、よくもまあ、ひとりでそんなに騒げるよね」

「うるさいな。私は今、喜びを噛みしめてるの」


 人の幸せなひとときに口を挟んでくるなんて信じられない。


 ……あれ? 今、人の声がした? 私以外の誰かの声がしたような?

 ばっと声がした方を振り向くと、そこにはひとりの少年がいた。


「え、いるなら声かけてよ」

「かけたじゃん」

「確かにかけたね」

「そうだね」

「……」

「……」


 落ち着け、落ち着くんだ。

 ひとりで狂ったように喜んでたところを見られただけじゃないか。問題ありまくりだ。ただの変な人だ。


「あ」

「何?」

「今、魔物がたくさんでる森に、こんな少年がいるわけないじゃん。そうだよ、どういうことなんだよ、エイリー」

「ひとりでぶつぶつ話すのやめてくれる? 何かの病気?」

「人を軽率に病気扱いしないでくれる?!」

「あ、聞こえてたんだ」

「普通に聞こえてるけど?!」


 この少年、失礼だな。


「それで、どうしたの?」

「こんな森にひとりで少年がいるはずがない。つまり、あんたの正体は上級悪魔!」


 気をとりなおして、私は華麗なる推理を披露する。

 魔王はいないが、上級悪魔はいるっていうことがマップに記されていたのだ。

 魔王がいないことの嬉しさですっかり忘れてた。てへっ。


「え、そんなことにも気がつかなかったの?」

「なんでそんなに冷めたリアクションするの?!」

「てっきり気がついてるのかと思ったよ、踊る戦乙女ヴァルキリー?」


 怪しげに微笑む上級悪魔。

 うわあ、悔しいけど、あいつの方が雰囲気ある。


「あんたが急に現れるから、混乱しちゃっただけだしっ!」

「そうなんだ。じゃあ、奇襲してたら倒せてたかも?」

「それはない」

「即答かよ」


 え? だって、負ける気しないし。あんた、魔王の足下にも及ばないし。


「だって、あんた弱いじゃん?」

「はっきり言うね」

「知らなかった? 私、強いんだよ?」

「それは知ってる」


 上級悪魔はためらいもなく、うなずいた。

 こういうとこって、見栄を張ったりするんじゃいの? 「自意識過剰~」って言ってみたり、「油断が命取りになるよ」って言ってみたり。


「えーと、それで、何してたの? 教えてくれない?」

「教えてくれないと痛い目合うよって脅すつもり?」

「え? 別に教えてくれてもくれなくれも、痛い目には合わないんじゃんないかな? だって、倒すのは一瞬だろうし」

「……怖いな」

「怖いなら、何してたか教えてよ」


 教えてくれても、見逃すなんてことはしなんだけど。遠慮なくぶっ倒すんだけど。


「でも、教えても倒すんでしょ?」

「うん」

「そこまで迷いがないと清々しいな」


 でもさ、「教えてくれたら、命だけは助けてあげる」ってやつさ、人間相手だと効果あると思うんだけど、ぶっちゃけ悪魔相手には意味ないんだよね。

 生かしてどうするの?ってなっちゃう。魔王のところに戻したら、敵対するだろうし、戻さなかったら私が面倒見るの?ってなる。

 めんどくさい。


「とんだ貧乏くじだよね」

「貧乏くじ?」

「タローマティが主導の計画だったのに、こうして面倒なところだけは僕に押しつけてさ。おまけに踊る戦乙女ヴァルキリーに会うなんて、人生最大の不幸だ」

「そこまで言わなくてよくない?」

「だってこれから、消されるのに?」

「あ、そっか」


 こいつにとって、私は命を奪う相手なんだ。にしては緊張感のない喋り方をするようだけど。

 そんな空気を作りだしたあんたが悪いと思うよ、私は。


「これで聞くの最後にするけどさ、教えてくれるの? くれないの?」

「どうしようかな」

「時間稼ぎ?」

「違うよ。本当に迷ってるんだよ。タローマティへの嫌がらせに教えてあげてもいいけど、だからと言って君に教えるのもなぁ……」

「じゃあ、教えてよ」

「頼まれると教える気なくす」

「じゃあ、教えなくていいよ」

「うん。じゃあ、そうする」

「おい」


 結局どっちなんだよ。はっきりしてくれないかな?

 ちょっとイライラしてきた。


「冗談だよ。いいよ、教えてあげる」

「どうして?」

「時間稼ぎ」


 そう端的に告げた上級悪魔は、「ついてきて」と言って、歩き始めた。

 私は黙ってその後をついていくことにした。




 

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