61 ゼーレ族(たぶん)の女の子

 店主さんが持ってきてくれたカレーを食べ終わり、意味もなくぼーとしていると(こういうのは割と得意なのだ)、シェミーが翡翠色の瞳をゆっくりと開けた。


「あ、気が付いた? 大丈夫?」


 私はシェミーの顔を覗き込む。


「あ、はい、大丈……え、ああああ、ひいいいいい」


 うっすらとした意識がはっきりしていくにつれ、彼女の顔色は悪くなっていった。体はがくがくと震え、言葉もまともに発せていない。


 ……やっぱり、私が原因なのかなぁ。


「何がダメなの?」

「げ、幻想、魔法……」


 端的すぎる質問だったかな、と思ったが、シェミーにはうまく意図が伝わったらしい。


 幻想魔法、か。確かに今、私は幻想魔法を使っている。使い続けている。まだうまく、ので、違和感を感じる人は少なからずいるだろう。

 もう少しで世界になじみそうだったんだけど、仕方ない。まずは彼女とコミュニケーションをとることが大事である。


 そう判断し、私は幻想魔法を取り消した。まあ、この街の人が隣国の公爵令嬢、ルシール・ネルソンのことを知っているわけないだろう。

 悪名は高くても、顔までは知らないよね。大丈夫、大丈夫。


「これで平気?」

「あ……、はい」


 私が幻想魔法を解除しただけで、彼女の顔色は良くなり、体の震えも止まった。

 幻想魔法恐怖症みたいなもん? それにしても敏感だなぁ。


「あの、ずっとここにいたんですか?」

「まあ、うん」

「え、あの、すみませんでした。そして、ありがとうございます」

「敬語じゃなくていいよ。きっと私の方が年下だし」


 年上だと思ってるのに、敬語使ってない私って何なんだろうね?ま、気にしなくていいか。


「そう? あ、私、シェミーって言うの。年は17。貴女は?」

「私は、エイリー。16歳。最近ここに引っ越してきたんだ」


 ほら、やっぱり年上だった。

 でも、思ったより上じゃなかったな。20歳ちょい前くらいかと思ってた。


「そう、だから見かけたことなかったんだ」

「ねえ、色々聞いてもいい?」

「いいよ。答えられない質問には答えられないけど……」

「それでいいと思う。私たち、初対面だし」


 警戒心のある人、私嫌いじゃないし。そもそも警戒すること自体、当たり前なのだ。

 そうして、私はお言葉に甘えて気になっていることを全部質問することにした。質問するだけなら了承を得てるし。


「シェミーって、ゼーレ族、だよね?」

「うん、たぶん」

「たぶんって?」

「私、お義父さんに拾われる前の記憶がないんだ。いや、曖昧って言った方が正しいのかも」


 薄っぺらい笑顔を張り付けて、シェミーは言う。

 ああ、これ、嘘だな。私の直感が、そう告げる。


 彼女は覚えてるけど、覚えていないふりをしている。そうしなければいけない理由があるのか、又は忘れたいのか。


「そうなんだ。……なんて、嘘だよね? 本当ははっきり覚えてるでしょ?」


 私はシェミーの瞳一点だけを見つめる。


「……なんのこと?」


 表情を変えず、シェミーは聞いてくる。

 まあ、初対面の人に深く踏み込みすぎるのは良くないだろう。ここはおとなしく引き下がるか。


「気にしないで」

「そう?」

「じゃあ、次ね。どうして、幻想魔法におびえるの?」

「分からないけど、体が反応しちゃうんだ」


 ぎゅ、と自分の体を抱きしめるシェミー。きっと、過去に何か良くないことがあったんだろう。


「とういうか、そもそも、どうして私が幻想魔法使ってるって気づいたの?」

「ゼーレ族の血を引いてるのもあるけど、怖いから余計に分かるんだと思う。……ねえ、私からも質問していい?」

「何?」

「エイリーは、どうして幻想魔法を使ってたの?」


 今度はシェミーが、私の瞳をじっと見てきた。


「色々、ね」

「ふふ、うまいかわし方だね」

「ありがと」


 ゼーレ族は嘘を見抜く。彼女もまた、例外ではないだろう。下手に言うと、ぼろが出てしまうので、注意が必要だ。

 彼女もなかなかやるなぁ。ただの可愛い女の子だと思っていたら、足元をすくわれそうだ。


「さて、今日はここまでにしとこうかな。病人に負担をかけるわけにはいかないしね」

「負担だとは思ってないけど。むしろ、すごく楽しい」

「シェミーも物好きなんだね」

「そうかな? だって、エイリー面白いじゃない」


 何が面白いのかは謎だが、シェミーに嫌な思いをさせていないなら、それでいいか。


「じゃあ、シェミー、私は帰るね」

「もう帰っちゃうの? ちょっと残念」

「また明日来るし」

「え、本当?」


 シェミーは目をキラキラさせて私を見てくる。


「うん。まだ、シェミーの料理食べてないしね」


 店主が朝食兼昼食のカレーを持ってきてくれたとき、


『一番のおすすめは、シェミーの出来立ての料理なんだが、今回は作り置きのシェミーのカレーで我慢してくれ』


 なんて、親ばかな発言をしていたのだ。

 カレーは(前世を含めた)今までで食べた中で一番おいしかった。ザ・庶民の味って感じで。やっぱ、カレーは置くとおいしくなるよね、うん。


 てなわけで、私は出来立てのシェミーの料理を食べたくなったのである。


「分かった、私の得意料理を作って待ってるね!」

「楽しみにしてるよ。あ、でも出来立てがいいから、作ってなくていいよ」

「分かった。じゃあ、また明日ね、エイリー」

「うん、ばいばい」


 なんか、女子ぽい会話をして、私はシェミーの部屋から出た。


 私にあんなに興味を示してくれるなんて、シェミーはいい子だ。

 そして、すごく変わり者である。根拠は私と仲良くしてくれるから。うん。




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