第129話 家庭教師 ミセス・エバンズの場合
知識も無く、礼儀も知らない平民だと思っておりましたのに、いったい何処で教育を受けたのでしょうか。
貴族らしくない所作は幼児並み。ただし、知らなくとも、これから身に付ければ良いのです。
解せないのは、出した問題が、学院生初等科の授業内容だったのにも関わらず、ふたつの教科を全問正解した事です。
建国史や地理学、領地経営学は全滅でしたが、これも暗記し、必要な知識を習得すれば良いだけの事。問題はありません。
問題なのは、高等な算学と周辺数カ国の言語を、何処で身に付けたのか、という事です。
平民ならば、知らなくて当たり前の知識です。なのに、なのに。。
******
淑女教育が始まって、二日目の午前。
養女に入ったシンプソン伯爵家の家系図と、関係各家の学習があった。
エラルド・シンプソン伯爵が小真希の養父で、妻のカテリーナが養母。同い年ながら日数の関係で、姉になるルイーゼ。
養母のお腹には、妹か、跡取りとなる弟が御在宅だ。まだ一ヶ月も経っていない胎児は、誰にも気づかれていない。
小真希の養母カテリーナの父上が、サザンテイル辺境伯で、開拓地を横取り……擁護した人。
サザンテイル辺境伯の妻、キャロリーヌ夫人は、前オークランド辺境侯
の三女らしい。
隣り合う領地だったかな。なんか、ややこしい。。
今回王太子妃に内定しているルイーゼ・シンプソン伯爵家令嬢は、国の東部全体の領土を守る双璧(サザンテイル辺境伯・オークランド辺境侯)の血筋で、王太子にとっては、願ってもない妃だそうな。
「王太子殿下の母君ソフィアーナ様は、タナー子爵家からグランズ侯爵家へ養女に入られ、側室となられた方です」
側室の身分は子爵家令嬢だったが、側室の母の実家がグランズ侯爵家で、祖父の家に養女となって、王家へ輿入れしたらしい。
グランズ侯爵が治める西の領土は、広大な穀倉地帯で、国内最大の麦の産地だ。
ルイーゼの生家シンプソン伯爵家も、希少な貴金属を産出するダンジョンを持っている。
このまま王太子が即位すれば、東西の四大勢力を後ろ盾に持つ国王が、誕生する。
「王太子殿下の姉君、第一王女クレア様は、サザンテイル辺境領と隣接するジン皇国の、第二皇子殿下に輿入れなさいました」
知っている国の名前に、小真希はホロリとなる。
行商人のレーンが、ジン皇国との国境にあるパレイの街から、色々な商品を持って来てくれた。
パレイの探索者ギルドのマスターが、小真希たちの身元証明を書いてくれたおかげで、モルター領主街の冒険者ギルドで登録ができた。
ちょっと、ホームシック かも。。
「正妃様は、オークランド辺境領と接するノルデン王国の第八王女で在らせられます。現在お子様は、大学院に通っておられるアレクシア第二王女殿下と、ルイーゼ様やあなたと同学年になる、ナスタシア第三王女殿下のおふたりです。ちなみに側妃様のお子、レナルド王太子殿下も、同時入学されますよ」
よく覚えておくようにと、ミセス・エバンズは締め括った。
なに? そのめんどくさい展開。
同窓生の中に、側妃腹の王太子殿下。現在婚約者候補筆頭で、王太子妃内定のルイーゼ義理姉。おまけに正妃の第三王女もですとぉー。。
気疲れで、簡単に、死む。
「帰りたいやぃ……とっとと終わらせて、帰るぅ」
漏れ出た小真希の呟きに、ミセス・エバンズの目が細まった。
******
三日目の午前の授業。
建国史・社会制度・地理学・領地経営学。総暗記している?
貴族年鑑も総暗記。あり得ませんっ‼︎ 昨日の今日ですよ!
なんて覚えが良いのでしょう。
ノルデン国の才英といわれた現王妃でさえ、バードック神星王国の王妃教育習得に、一年はかかったのです。もう、覚えているですって? 嘘! これはいけません。由々しき事態です。
入学して、もし、王太子殿下に気に入られたら。。恐ろしい。
なんの後ろ盾もない平民出の妃を望まれたら、国が転覆する。
知識において、何ひとつ欠けは無くとも、ルイーゼ様の
対策を。なんとしても、ルイーゼ様とコマキィ嬢を守る対策を‼︎
身分を自覚させて、身の丈に合った幸せを掴めるように、対策を立てなければ、教育を施さなければっ! 微力ながら、導かなければっ。
******
四日目の午前の授業が始まった。
「たいへん優秀だと、感心しましたよ。コマキィ嬢。ですが、あなたには心得なければならない事がございます」
今日も、五枚に渡る筆記試験を採点したミセス・エバンズが、キリッと顔を上げて小真希を見据えた。
「こう言っては角が立つやも知れませんが、平民であった貴方が伯爵令嬢になり、王太子妃殿下の義理の妹になるなど、奇跡のような出来事です。
願っても得られない幸運だと、迎えてくださったご家族に、感謝しなければなりません」
「は? 」
別に、自分から望んだ養子縁組ではないしー、と思う。
サザンテイル辺境伯に脅迫……確認事項を依頼されて、いつの間にかこうなっていただけだ。
学院の入学式で、ド派手美人が居るかどうか確認すれば、辺境へ帰る気満々の小真希なのだから。
「失礼ながら、平民であった貴方にとって、これ以上ない出世で、身に余る栄誉だと言っているのです。感謝し、理解したのなら、ルイーゼ様の、盾におなりなさい。義妹であるなら、身を挺してお仕えするのです」
「ん? 」
相変わらずミセス・エバンズの頭上は、青三角のマークがピコピコ明滅している。
喋っている内容は、小真希の気持ちなど、お構いなしの勝手な言い分なのだが、いかんせんまったく悪意が籠もっていない。
「えーっと? ミセス・エバンズ。質問ですが、よろしいですか? 」
鷹揚に頷いて許可を出した
「養女とか、まったく聞いていないし、合意もしていません。どうして勝手に、わたしの未来を決めるのですか? おかしいと思います。ミセス・エバンズだって、自分が知らない間に将来が勝手に決まっていたら、怒りませんか? わたしは、怒ってます」
聞いた事が耳から滑り落ちて行くような、摩訶不思議な現状を、ミセス・エバンズは味わった。
おかしい。と。。
「はい? わたくしの聞き間違いなのかしら? そもそも貴族家の息女は、父親の決定で将来が決まります。娘の為に骨折って、幸せになる婚姻を、当主は決めるのです。怒りを覚えるような事では、ないのですよ。サザンテイル辺境伯様に見出された幸運を、疑ってはなりません」
一介の平民の中から選ばれ、夢のような身分に押し上げてもらったのだ。身に余る光栄ではないか。と、ミセス・エバンズは考察した。
「だって、サザンテイル辺境伯は、わたしの父じゃないし。シンプソン伯爵も、父じゃないし。わたしにとっては、赤の他人です。他人が勝手に将来を決めて押し付けたら、怒りますよ。冗談じゃない! 」
「? はぁっ⁉︎ なな なんてことを、おっしゃるの⁉︎ 」
生涯で初めて上げたミセス・エバンズの大声に、部屋の隅で畏まっていたミンツとスーザンが、仰け反って
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