第130話 専属侍女 ミンツ・モンゴメリの場合
どうしてわたしが、田舎者の専属侍女なの⁉︎
将来の家政婦長に決まってる優秀な私なら、王太子妃決定のルイーゼ様の専属な筈でしょ! わけわかんない。
なんでとろくさいスーザンなんかを、私が指導しなきゃなんないの。
冬が終わり、突然降って湧いたシンプソン家の養女問題。
発端は奥様の父君、サザンテイル辺境伯様が打診してきた話だ。
旦那様は奥様の父君に頭があがらない。と言うより、奥様に頭があがらない。
辺境伯様からの連絡が来て、瞬く間に見窄らしい主従がやって来た。
ほんとに田舎臭い主従だと思った。
到着した翌日から、みっともない事ばかりを巻き起こす。身繕いひとつ満足にできないおじょうさまと、まったくメイドの仕事をしないメイド。
寝坊するなんて、最低だわ。
あぁーとろいわ。
椅子の引き方なんて、誰でもできる補助じゃないの。
給仕の仕事くらい、見習いだってできるのに。ほんと、これだから田舎者は嫌いなのよ。
「元気ねぇ、ミンチ。感心するよ」
嫌味? 田舎者のくせに、嫌味? ねぇ、嫌味? バカじゃないの。
「わたしは、ミ・ン・ツ! 記憶力もありませんのぉ? これだから、辺境の方は。。ルイーゼお嬢様なら、こーんな、みっともない事などされませんのに。ヤダヤダ、恥ずかしいですわぁ」
言ってやった。
これくらい言われたら、落ち込むよねぇ。ざまぁ。
「ミントー、そんなに恥ずかしいなら、家政婦長に言ってあげるよ。ルイーゼさんとこに、行きたいのよね」
む・か・つ・く‼︎ 母さんに言いつけるなんて、生意気よ。
「ミ ン ツです! 家政婦長を盾に取るなんて、馬鹿のひとつ覚えですか。同じ事しか言えないくらい、記憶力がありませんの? 全くこれだから、辺境出のおじょうさまは嫌なんです」
ほら、落ち込め。
落ち込んでしおらしくなったら、構ってやってもいいわよ。
「うん。嫌われてるのに、覚えておく意味、ある? 」
思ってもいなかった返事に、ミンツは言葉に詰まった。
小真希の言った言葉が、思いがけず胸に刺さる。
「常識よね。どうして嫌われてる相手に、仲良くしてもらわなきゃなんないの。無駄で一方的な努力を、なんで、わたしがしなきゃなんないの。あんたさぁ、一緒に居るのも苦痛なんだよね? 平民の田舎者に仕えるって、あんたのプライドが折れそうなんでしょ。お互いに疲れるよね〜」
え? ええ? ええええっ⁉︎ なに? なんなの?
こんな反応、初めてなんですけどぉ!
気持ちが追いつかなくて、オロオロしているうちに、生まれながらの貴族令嬢がする仕草で、下がれと示された。
「下がって良いわ、ミンツ 」
身分に慣れた声と様子に、胸が凍る。
田舎の平民だと思っていたのに、これは、なに⁈
長年仕込まれた侍女の所作で、身体が自然に動いた。
「…… おやすみ なさいませ 」
悔しい。悔しい悔しい悔しい。なんで、わたしが。このわたしが。。
廊下に出て正気に戻ると、煮え返るように腹が立ってきた。
頭に上った血で、爆発しそうになる。
限界だ。我慢できない。優秀なわたしに従わない田舎者なんか、誰が世話をしてやるもんか。
「もう嫌っ。母さんに言って、あいつの専属を降りよう。わたしは優秀なんだから、ルイーゼ様の専属侍女が合っているのよ! 」
夜も遅いけど、母さんは起きているはず。。
部屋に駆け込んで、切れる息で、ここ何日かの不満をぶちまける。
なんの返答も無く、目を伏せて静かに聞いていた
「言いたい事はわかりました。旦那様と奥様にご相談申し上げて、貴方の要望を通しましょう。本当に、ルイーゼお嬢様の専属を、希望するのですね。よく考えた上での、決心なのですね」
「はい! 」
ふたつ返事で、要望が通った。
これでもう、苛つくだけの田舎者とは無関係だわ。ふふっ。
母さんの無表情が気になるけど、とにかく良かった。
「致し方ありません。後悔しても、この決定は、決して覆らないと、心して宣誓できますね」
なぜ、何回も確認するの? もう、あんな奴らと関わりたくないのよ。
とろくて苛々させられる田舎者は、もう嫌なの。
「はい。わたしはルイーゼ様の専属侍女になりたいのです。田舎……辺境からいらしたお嬢様よりも、ルイーゼ様を尊敬していますから」
ものすごく長いため息を吐いて、
なんだろ。ちょっと、不安なんですけど???
「分かりました。もう、何も言いません。あなたが決めた事です」
三日後。
ミンツは、ルイーゼの専属侍女になった。そして、理由が明かされる。
「本人の意思により、ミンツ・モンゴメリは、ルイーゼ様の専属侍女となりました」
その朝。使用人の打ち合わせ時間に、
「これにより、次期シンプソン家の家政婦長は、ルイーゼ様付きだった専属侍女の、サーラに変更されました。内外への通達はこれからですが、旦那様も奥様も、お嬢様もご承知くださいました。皆、心して、次期家政婦長に任命されたサーラと、わたくしの指示に従うよう、言い渡します」
あまりの事に、ミンツは棒立ちになった。
娘のわたしが、次期家政婦長ではなくなった? なんで。。
「 うそ うそ なんで? 」
唖然とするミンツに、周りの視線が冷たい。
「当たり前でしょう、ミンツ。少し考えれば分かります。ルイーゼ様が王太子妃殿下になられたら、ルイーゼ様の専属侍女は王宮に上がります。身の回りのお世話をするのですから、当然でしょう? 」
それは、その通りだと思う。他人事のように、ミンツは頷いた。
「シンプソン伯爵家の家政婦長が、王宮に専属侍女として上がるなど、決して許されないのです。王太子妃殿下の専属になる。それは、伯爵家を出て、王族に仕えるという事だからです」
待って。と、ミンツは身悶えした。違うと、喉の奥で言葉が凍った。
「ミンツ。あなたがルイーゼ様の専属侍女になれなかったのは、次期家政婦長だから。もう分かりましたね。伯爵家の家政婦長は、王太子妃殿下になられるかも知れないルイーゼ様に着いて、王宮には上がれない」
足元が崩れていく。そんなつもりなど無かった。
家政婦長の座を失うなんて、知らない。知らない知らない知らない。
「物事の先を見通せなかった貴方に、シンプソン伯爵家の家政婦長の座は、任せられません。ルイーゼ様が王宮に上がる時、貴方の資質が改善されていなければ、王太子妃殿下の専属である事も、再考されるでしょう」
「なに、それ。わたしは……わたし 」
恐ろしい事を聞かされている? どうして、娘に冷たいの? 母さん。
「この先、もしも、ルイーゼ様の専属になれなくとも、もう、元には戻れません。決めたのは、あなた。 心して、精進なさい」
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