第27話 使い魔が来た(改)

 ギルドの宿泊施設は基本的に大部屋で、カーテンで仕切った寝台ひとつが、一泊で銅貨三枚の料金だ。

 小真希の前世で言えば、カプセルホテルの素泊まり料金だろうか。


 本日の泊まりは、小真希とソアラのふたりだけ。。

 豪勢な貸し切りとは言い難い、寒い空間だった。

 隣り同士の寝台ベッドを借り、仕切りのカーテンを開けて一息つく。


「何度言っても足りないけど、ありがとう、コマキィ。すごく助かった」


 寝台に座って開口一番。いい笑顔で礼を言われ、照れ笑いがこみ上げる。

 直球で気持ちがこもった言葉は、鳩尾みぞおちがこそばゆい。


「役に立ててよかった。気持ち良くの邪魔ができて、スカッとしたもの」


 あの日の冒険者ギルドを思い出すたび、腹が立つ。


「明日からダンジョンに潜るのかしら……回復薬液ポーションが間に合わないし、潜るのが……ちょっと、怖いかも」 


 冗談ぽく言っているが、ソアラの顔色は青い。


 初めてダンジョンに潜ったのは、植物区域エリアで出会った日だと聞いた。

 初めての経験が、狂乱したゴブリンとの遭遇だなんて、恐ろし過ぎてフォローに困る。


「でも……がんばるわ」


 悲壮感が溢れる決意に、小真希の良心は痛んだ。


「ソアラは、わたしが守るから。それに深い階層へは、まだまだ潜れないよ。メンバーの実力も、わからないしね」


 肩慣らしに潜る浅い階層なら、サバイバルの技能スキルで、ソアラを守るくらいはできる。はず。。


『面白そうだな。小娘のひとりくらいなら、助けてやらんでもないが。まぁ、気が向いたらな』


 相変わらずフヨフヨしている精霊が、ひねくれた物言いで割り込んできた。


(素直じゃないわぁ。まぁ、いいけど)


「ありがと、コマキィ。すごく安心する」


 心底ホッとしたソアラに、内心ではタラリと汗が垂れる。


「もう遅いし。寝よっか」


 乾きそうな笑いでごまかして、寝てしまおう。。


「うん。おやすみ、コマキィ」


「おやすみ、ソアラ」


 明日に備えて休もうと寝具を整えていると、どこかで微かな物音がした。

 反射的に飛び上がったふたりは、身体を縮めて辺りを伺う。

 無駄に広い大部屋が、怪奇じみて怖い。

 カリカリとも、コツコツとも聞こえる音が、小真希の寝台の下。荷物を入れた籠のほうからしてくる。


「ひぃぃっ……」


 同時に引き攣ったのは、たぶん、乙女だから? 。


「コマキィの……背負い鞄よね? 」


 恐々声をひそめるソアラに、コクコクと頷きかえす。

 どういうわけか、支援技能スキルの恐怖耐性が発動しない。


「大丈夫? コマキィが、開けてくれる? 」


 素早く移動して、寝台ベッドを盾にしながら問いかけるソアラに、

ちょっとだけ納得できない気がした。

 代わってほしいと切に願うが、自分の鞄だから責任は取らねばと、諦めて勇気をふり絞る。


 身体強化した指先で、背負い鞄の引っ掛け部分をつまみ上げ、並んだ寝台ベッドの間の床に、そっと移動させる。

 固定したフックを外し、おっかなびっくりでファスナーを開けた。


「いくよ、ソアラ」


「うん……」 


 ごくごくそっと、ファスナー部分を開け……。


「ミュィ」


 覗き込んだ鞄の中で、くしゃくしゃなダウンのひざ掛けに包まれ、びっしょりと濡れた黒い子猫? が、うるうると見上げていた。


「?……ねこ」


 どう見ても猫。。

 野良猫を拾った記憶はない。ないが、頭の隅でひっかかるものがある。


「これって……アレ? なの? 」


 背負い鞄リュックに両手を突っ込んで、ひざ掛けダウンごと床に取り出す。

 広げてみれば、卵白まみれのひざ掛けと、割れた殻。。

 尻餅をついた状態の子猫が、クシュッとくしゃみをした。


「わわわ。風邪引く」


 とりあえず沐浴室まで走り、ソアラにぬるま湯をかけてもらいながら、卵白を落とした。

 毛皮を乾燥させてホワホワになった黒猫は、背中に小さな翼を折り畳んでいる。


(やっぱり、アレ黒竜かな……でも、なんで猫? )


『おまえ、自分の血が混じったら、どうなると思っている? 』


 精霊に言われて想像してみる。


(卵=卵白と卵黄→プラス小真希の血液=正常な黒龍のDNA→プラス小真希のDNA=……突然変異? = ……んな ばかな! )


(種族が違うDNAに影響? って、不可能……ん? ……ほんとに不可能だっけ? )


『バカはおまえだ。世界最強の魔獣に人間の血など混ぜおって、生態系が狂うわ』


 精霊は怒っているようで、よく見れば面白がっているのが丸わかりだ。

『まぁ成人するまで、面倒をみてやれ。親の責任だ』


(なにが親よ! もうぅ)


 ふと生ぬるい視線を感じて目を向ければ、居心地の悪そうなソアラがいた。


「えっと……だいじょうぶだから」


 どうやらソアラの目には、上を向いてぶつぶつ独り言をいっているように。。


「ちがうから! 」


 保護者のように、温かい目で頷かないでぇっ。。。。

 にまにまと浮遊していた精霊が、腹を抱えて笑い転げた。

 

*****

 探索者ギルドの受付フロアに向かいながら、小真希はあくびを連発する。

 あれから子猫を枕元に寝かせのだが、授乳? 授魔力? に何度も起こされ、正直このまま眠りたい。


 子猫は小真希の魔力がお気に入りなのか、指先をくわえて魔乳? を飲んだ。

 小真希が眠ると魔力が途切れるようで、鳴いてうるさい。。

 赤ちゃんだった。。ねむぅ。。


「コマキィ、起きて」


 どうやら立ったまま、うとうとしていたみたいだ。

 ソアラに突つかれて片目を開ければ、目の前に不機嫌なミズリィの顔があった。

 ご丁寧に覗き込んでいたへ、ニタッと笑ってやる。


「不摂生なやつだ。ダンジョンを舐めているのか? 迷惑をかけるなよ。これだから、生意気な小娘は嫌いなんだ」


 小真希の鼻先で囁くのは、他の仲間に聞かれたくないからか。。

 意地悪く喉で笑ったミズリィが、吹っ飛んで床を滑る。


「このっ」


 鼻を押さえながら上半身を起こしたミズリィと、状況が理解できない小真希。それと、まわりを囲んでいたソアラたち。


「なにかしたのか? 」


 ホアンに殴ったのかと暗に問われた小真希は、背中から肩に登っていた子猫に目をやる。


「シャァァァア! 」


 臨戦態勢の子猫が、床にいるミズリィを威嚇した。


「獣の分際で、生意気な! 」


 飛び起きて掴みかかろうとするミズリィの手首を、ホアンが跳ねのけた。


「いい加減にしろ。相手は子猫だろう」


「ミズリィ、かっこ悪……」


 ホアンに止められ、リムに呟やかれ、不機嫌を飲み込んだミズリィ。


(あとが面倒くさそう……)


 毛を逆立てる子猫を撫で回し、小真希はあくびをかみ殺した。


「朝食をとりながら、打ち合わせをしよう。子猫もいっしょで良いぞ」


 何か言いたそうなミズリィの先回りをして、ホアンが笑む。

 ギルドに併設された酒場は、探索者でいっぱいだ。

 ホアンはテーブルの間を抜けて、奥の扉へ入って行く。


「予約制の個室よ。行こう」


 ソアラに手を引かれ、小真希も扉をくぐった。

 横へ伸びる廊下の片側にいくつもの部屋があり、パーティーで埋まっている。

 つきあたりの部屋の前で、ウェドが手招きをしていた。

 テーブルを囲んだ椅子に腰掛けると、部屋の隅に置かれていたカートを、リムが押してくる。


「今朝も野菜スープと黒パンだよ」


 諦めたような、不満なようなリムは、淡々と配膳をした。


「ありがとう」


「ありがとうございます」


 礼を言う小真希とソアラに目を見張ったリムが、やわらかな笑顔になる。

 全員が席に着いたのを確認して、ホアンが祈りの言葉を口にした。

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