第28話 実戦 この世界の普通は(改)

 焼きたての黒パンは美味しい。

 硬めで香ばしく、ちょっと顎は辛いが、噛むほどに小麦の味がして、小真希の好みだ。

 となりに座るソアラも、黙々と食べている。対して男性陣だが。。


(顎が細くて美形な男って、硬いものを食べないのかな。食事が苦痛って、やっぱり良いトコのお坊ちゃん? )


 この世界の水準から想像すれば、ウェドは貴族の御曹司? 。リムは従者で、ホアンが教育係。ミズリィは、脳筋な護衛騎士? だろうか。

 勝手な空想に、笑いたくなった。


 ゆっくりと食事を終え、これからの打ち合わせに入る。

 対面にいるホアンは感情が読めないし、ミズリィはずっと不満そうだ。

 ウェドとリムは居住まいを正して、ホアンに顔を向けている。


「わたしたちは、コマキィの実力を知らない。コマキィもわたしたちの実力を知らないだろう。なので、一階層の魔獣を討伐して、熟練度レベルを見せてもらえるか」


 小真希にしても、ホアンの考えは順当だと思う。さすがに一階層では、熟練度レベルも何もないが。。


「お子ちゃまには、適当だろう」


 上から目線のミズリィ語は、たいへん健在だ。


「いいわよ。ソアラが慣れるには、ちょうどいいから」


(構うと面倒くさい)


 ミズリィの薄笑いは無視して、煽るのもやめた。


「では、行こう。一階層なら午前中に帰って来れる」


 ホアンを先頭に、ダンジョンへ向かう。

 この時間は、中層へ潜る探索者パーティーが多い。ソロや、浅い層に潜る少人数の探索者は、もう少しあとの時間帯だ。


 神妙な顔のソアラは、ぴったりとくっついてくる。

 怖い目にあった後だ。ほんとうは潜りたくもないだろうに。。


(打撃武器でも、造っておけば良かったな)


 何か扱える獲物アイテムがあれば、気持ちも楽になったはずだ。


『クラフト技能スキルで、メイスの作成が可能です』


 久しぶりに、サバイバルのアナウンスが聞こえる。

 そういえばかなり前に、修復リペアの上位互換で加工クラフトを取得していた。


『身体強化と精神安定を、腕輪か指輪アクセサリーに付与も可能です。作成及び付与をしますか? Y/N 腕輪なら一を、指輪なら二を。思い浮かべてください』


 頭の中で響く声に、イエス、一と思い浮かべる。


『了解しました。メイスと腕輪の製作を始めます。待ち時間、十分。です』


 ダンジョンに入る隊列は、ホアン、ミズリィ、小真希、ソアラ、ウェドの順で、リムが最後尾だ。

 植物区域エリアへの横道を行き過ごし、わずかに下るダンジョン内を先へ進むと、少し開けた場所に出る。


 初めて小真希が、最下層から転移して出てきた場所は、ここから二階層へ続く細い通路だった。


神銀アダマンタイトの加工が完了しました。収納内にて待機済み、です』


(ありがとう、助かる)


 薄暗い空間を見渡している小真希に、振り返ったミズリィが顎をしゃくった。


「どれくらい使えるか、見てやろう」


 小真希の上着を摘むソアラが、ひくりと後退あとじさる。


「わかった」


 両腰に吊るした双剣の柄を、落ち着くように調整する。


「そうだ、ソアラ。これ、用意しておいた。使って」


 ローブの内側から出した風を装って、収納から出したメイスを渡し、ついでに腕輪も握らせた。

 武器と装備の説明が、頭の中に流れ込んでくる。


「利き手に嵌めて。お守りよ。メイスを使うときは、魔力を流してね」


 滑りにくい形状のグリップを握らせて、試しに何回か振ってもらう。


「ぁ……なんだか、できそうな気がする」


 錬金での魔力付与は、慣れているソアラだ。

 魔力を流すと、連動して支援魔法も発動する。


『装着者の状態によって、適度な発動をする 安心設計 です』


 アナウンスのイントネーションが。。


 小真希の肩から子猫が飛び降りた。そのままちょこんと座って、顔を洗い出す。


「ウェド。悪いけど、気をつけてやって……お願いできる? 」


「わかった」


 何か言いかけたミズリィを押しのけて、ウェドは子猫の後ろに立つ。


「じゃぁ行こうっか、ソアラ」


「……うん」


 一歩踏み出すと同時に、右奥でゴブリン一体。中央にスライムが二体、床から湧き出した。


「ソアラはスライムを一体、お願い」


「わ、わかった」


 双剣の右だけを抜き、ゴブリンに向けて走り出す。

 中央を過ぎるタイミングで、スライム一体に風魔法ウィンドカッターを放ち、爆散。そのまま走り抜ける。


 一階層のゴブリンは、湧いたばかりの小物が多い。

 動きは遅く、一瞬で首を刎ねて終わらせる。

 床に倒れたソレゴブリンが溶けて染み込むと、小指の先くらいの魔石が残った。


 振り向いた中央では、正確にメイスを振り下ろしたソアラが、スライムを粉砕していた。


「おつかれ。初めてでしょ? だいじょうぶ? 」


 二体分の魔石を拾ったソアラは、少しだけ自信がついたのか、うっすらと笑みを浮かべた。


「ありがと、コマキィ。何とかなりそうよ」


 ゴブリンと大きさの変わらないスライムの透明魔石を、ソアラは差し出した。

 ひとつだけ摘まみ取って、小真希は皮袋に仕舞う。


「初討伐ね。おめでとう」


「うん。ありがとう」


 初めて討伐した成果魔石を、ソアラは大切そうに自分の袋へ仕舞った。


「さぁ、次よ」


 奥に二体のゴブリン。二歩くらい先には、三体のスライムだ。


「二体、やってみる」


「了解、ソアラ」


 さっきよりも加速して、一体スライムを切り裂く。

 そのまま双剣を抜き、走り抜けながら二体ゴブリンを両断した。

 床に残る魔石を回収し、次々と湧いて出る小物スライム・ゴブリンを狩って行く。


 慣れてきたソアラのすぐ側に、ゴブリンが湧いた。


「ソアラっ」


 初めて対峙するゴブリンだ。

 走り出す小真希に、ソアラが手を挙げる。


「だいじょうぶ」


 棍棒を振り上げるゴブリンに、小真希の胃が一気に縮む。


「ミャゥ! 」


 吠えた子猫の口から閃光が飛び出し、ゴブリンから棍棒を弾き飛ばす。


「せいっ! 」


 両手で握ったメイスを、ソアラは力いっぱい横薙ぎした。


「ぉおぅ」


 くの字に曲がって飛んで行ったゴブリンに、小真希の口から声が出た。

 二転三転したゴブリンは、ぐずりと形を崩す。

 あとに残った魔石を拾い上げ、ソアラは良い笑顔で振り返った。


「できたよ、コマキィ。ありがと……ぇとぉ、子猫? 」

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