第97話 銀羽の弓士

「銀羽」は王都でも屈指の高ランクパーティーだと、苦虫を噛み潰した顔でミグは言った。

 中でも弓士のキーマは、変わり種の森人エルフらしい。

 あまりに戦闘方法が残虐すぎて依頼主から敬遠されるため、ギルドも凶悪な魔獣の討伐か、大規模な盗賊団殲滅の指名依頼しか出さないらしい。


「ギルドの指名依頼が不満だと言って、数年前に王都から姿を消したんだが……まずいな」


「銀羽」のキーマが外を彷徨うろついていては、迂闊に動けない。


「慎重に偵察するしかないが、囮を使って、撹乱できれば良いんだが 」


 偵察する間、目を惹きつける囮がいればと口ごもる。


「どれくらい腕が立つんだ? 」


 ミズリィの問いに、ミグは眉を顰めて首をふった。


「あれは、森人エルフの皮を被った悪魔。いや、極大の災厄だ」


 得意なのは弓だが、剣も魔法も自在に操ると、深刻になるミグに、精霊は高笑いした。


『たかが森人エルフじゃろ。と遊ばせれば、良かろうに』


 精霊が、ビシッと指さしたのは、小真希。。


『黒竜よりは扱い易かろう。ぐふふふふ  かはははは』


(なんてこと言うんだ、あんぽんたん! 皆の目が点になってるしっ。どうしてくれるのぉっ! )


 から立ち直ったミグが、歪んだ笑みを浮かべた。


「ははっ、精霊も、きつい冗談を言うのだな……」


 冗談と言われて剥れる精霊と、ポンと手を打つミズリィ。


「いや。前にカゥルゥ中型無毛種・幌、敷物タイプの大群を、コマキィはひとりで殲滅した。案外と、撹乱してくれるのではないか? 」


「はあぁぁ!? 乙女に向かって、なんて事言うのよっ」


 急に辺りを見まわし始めた皆は、揃って首を捻った。

 乙女って? などと呟かれ、小真希はキレそうになる。


『マスター。良い案かと思います。ですが、万が一を考えて、一応、偵察してみては? マスターの技能スキルなら、遠隔で使い魔を送り込めます』


 サバイバル逆境を生き抜く処世術が、弾んだ声で念話をしてくる。


『ガーディアンの素材で、偵察羽蟻と受信板タブレットを作成しますか? 制作時間は一分です。YES/NO 』


 危ないモノには、近づきたくない小真希。あまり考えもせず、YESをタップした。

 何をしているのか知らない周りは、怪訝な表情で小真希を見つめている。

 視線に気づいたが、もう遅い。


「ん〜と。し、知り合いにもらった、ちょっとした魔道具? を使うね。多分、相手には気付かれないかも? えぇっと、遠見の鏡、みたいな? 偵察する羽蟻? 」


 疑問符が多すぎて、集まる視線がますます胡乱なものになる。


「色々と、思う所はありますが 」


 言葉の裏に、諦めた結果と言いたげなホアンが、口を挟んだ。


「今更ですが、後手に回るのは危険です。逃げ込んだ執行官から、領主街の情報が漏れているはず。あまり猶予を与えては、逃亡されるかと思います。最悪、ノルト村の人質を盾に、盗賊団の首領ダーレン・ヌックが居るミトナイ村へ逃げ込まれたら厄介です。コマキィの魔道具に、賭けてみてはどうでしょう」


 ホアンの提案で、小真希に集まった視線に期待が込められた。


「わかった。嬢ちゃん、その魔道具を見せてくれるか? 」


 ミグが手を出したと同時に、制作完了のアナウンスが、小真希の頭の中で響いた。


「あ、はい」


 背負い鞄から出したフリで、収納ストレージから米粒大の偵察羽蟻五匹と、ノートサイズの受信板パネルを出す。


「これなら、見つかりにくいと思うけど」


 すぐに屋敷へ向け、風が強くなった空へ羽蟻が飛び立った。


******

「クソッタレ!! あれはレイスじゃないっ! 絶対に精霊だっ! くそっ、使役すれば金になったのに! クソォッ! 」


 吹雪く兆しを孕んだ外からキーマが帰宅し、そのままワイン蔵へ降りて、腕に持てる限りのワインを抱えて来た。

 歩きながらラッパ飲みに煽った瓶を、腹立たしげに壁へ投げつける。

 砕けた破片と飛び散ったワインが、床に飛散した。


 居間の壁に当って砕けるワイン瓶に、痩せ細った執事コルトが、部屋の隅で身を震わせる。


「どこ行きやがったっ! ぜってぇ捕まえてやるぞ! クソッ」


 キーマが荒れている時、メンバーのランダーもソルドも、食堂から出てこない。

 下手にキーマの癪に触れば、八つ当たりで命にかかわる。

 現に大勢いた盗賊団「岩蜥蜴」の手下は、嬲り殺された数人を除いて逃亡した。

 ついさっき逃げ込んで来たふたりの手下以外、ここに居るのは「銀羽」のメンバーが三人だけだった。


 次々と酒を飲み干し、手当たり次第にぶん投げては割っていく。

 居間の壁は砕けた硝子の跡と酒のシミで、酷いことに事になっていた。


「クソがぁ……クソぉ……」


 酔ってソファーに崩れたキーマ。片手に掴んでいたワイン瓶が、ゴトリと床に転げ落ちる。

 徐々に寝息がイビキに変わった頃。メンバーのランダーとソルドが、足音を忍ばせて入ってきた。その後ろを、偽執行官ふたりが着いてくる。


「ようやく寝たか。チャンスだな」


「大丈夫かな…追って来たら、殺される」


 すでに旅装を纏っている「銀羽」のふたりランダーとソルドだ。

 逃げる気満々のランダーと、尻込みするソルド。

 元々「銀羽」のメンバーはこのふたりで、駆け出しの頃に押しかけて来たのが森人エルフのキーマだった。


「なら残れや。俺はもう、限界だからよ。今夜の吹雪が最後のチャンスだって、教えてやっただろうに」


「そんな……行くよ。チャンスなんだろ? 」


「そうだ。こいつは、吹雪を嫌がる。吹雪いている間は、絶対に動かない。なんでかは知らんがな」


 目深にフードを被って出て行くふたりに、偽執行官のふたりも続いた。

 彼らも地下に放置された仲間の死体を見て、逃げる覚悟を決めたらしい。


「じゃぁな、爺さん。長生きしたかったら、に手を出すなよ。眠ってても攻撃したら、返り討ちで死ぬから」


 執事コルトに嫌味な嗤いを残して、「銀羽」たちはそそくさと吹雪の中へ出て行った。

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