第98話 救出大作戦 開始

 強風に逆らって、羽蟻の群れは鎧窓よろいまどに辿り着いた。

 窓枠と壁の間にできたひび割れから、無事に潜入成功だ。

 高性能な羽蟻の目から室内が映し出されて、部屋の隅で縮こまっている執事が見える。


 いま現在。受信板タブレット投光器プロジェクターに変化して、空間に立体映像を結んでいた。


「つかぬ事を伺うが、精霊殿。屋敷内に、この男以外、生きている者はいるだろうか」


 丁寧なミグの言葉遣いに、精霊の機嫌は上上だ。


『ムフフフ、この男は地下に居る女から、コルトと呼ばれておったな。地下には女がふたりと、壊れたが二、三体ほど転がっておったわ。あとは、逃げ込んだ男がふたりに、むさ苦しい男がふたりと、狂犬が一匹かの。お主ら、森人あれには近づくな。悍ましいモノが憑いておる』


 小真希の頭上でフヨフヨと漂う精霊が、不穏な事を言った。


 精霊の言うって、死体だったような。それに、近づくなと皆に注意すると遊んでこいって、小真希に言わなかったか? 。

 文句を言う前に、慌ただしく森人が帰ってきた。


ーー[クソッタレ!! あれはレイスじゃないっ! 絶対に精霊だっ! くそっ、使役すれば金になったのに! クソォッ!]ーー


 立体映像の中で、森人キーマは飲んだ酒瓶を壁にぶつけて割り始めた。

 飲んではぶつけ、飲み残しもぶち当てて割っていく。

 壁には古い傷もあり、飛び散ったシミも多々残っている。


『ほぉぉ。下級精霊のように、我を捕えるなど千年早いわ。おい、お前。とことん遊んで、嬲ってやれ』


 ビシッと小真希を指差すくらいなら、自分でヤればと言いたい。


 散々暴れて寝入った森人を避けるように、旅装の男四人がすり抜けた。

 

ーー[じゃぁな、爺さん。長生きしたかったら、に手を出すなよ。眠ってても攻撃したら、返り討ちで死ぬから]ーー


 部屋の隅で震えている執事コルトに嫌味ったらしい笑いを残して、男たちが出て行った。


「コマキィ、あいつら追えますか? 。わたしたちに判るよう、何か目印を付けて欲しいのですが 」


 ホアンに聞かれて、習得インストールした羽蟻の取り扱いを思い浮かべる。


「……うん、できる。羽蟻を追尾させるね」


『了解しました。追跡用の羅針盤コンパスを作成しますか。Y/N』


(イエス! )


収納ストレージに、おひとり様につき、ひとつご用意しました』


(……いやに早いね  ありがとう)


 いそいそと取り出した円盤を人数分、差し出す。

 円盤には青点で現在位置を、赤点で標的を表示した。


「助かります。ウェドとリム、精霊様は、コマキィが森人キースを引きつけている間に、屋敷内で監禁されている方を救出して下さい」


『任せるが良い。クカカッカカ』


 ホアンに頼られて弾むように返答した精霊に、小真希は苦笑する。


「三人とも、精霊様も、充分に気をつけて……どうか  」


 雪壕の火を熾火にし、小雪が舞う地上へ出る。本格的に吹雪けば、方向も怪しくなって遭難しそうだ。

 走り出した皆を見送って、屋敷を目指す。


『どれ、面白そうじゃな。存分に我を頼るが良い。ぐふふふふふ』


 人間を構いたくて仕方ない精霊に、程々にと言ったら怒るかな。

 やる気満々だと指摘して、臍を曲げられても困る。

 

「ん〜。なら、適度に手伝ってね」


『うむ。任せておけ』


 飽きたらいつに間にか消えてそうだとは、流石に言えなかった。

 慎重に忍び寄り、ウェドとリムは屋敷の側面に身を隠す。

 ふたりウェドとリムの上に精霊が留まったのを確認し、小真希が玄関扉に手をかけた途端、内側から爆発が起こる。


サバイバル逆境を生き抜く処世術発動! 完全防御フルシールドマリオネット肉体操作起動。緊急事態を確認しました』


 自動で構えた小真希の鼻先で、吹っ飛んできた扉が結界シールドに当たって飛散した。

 破片を纏った爆風が、滑り抜ける。


「何? どうなった? 」


 大穴が空いたエントランスの視界は、良好。くっきり見えた奥の部屋。その中央で、大剣を振り上げたキーマが居る。


 足元には、血に染まった執事が転がって。。


「やめてっ! 」


 止めようと、思わず上げた手の先から、透明な小盾シールドが連射した。

 振り切る間際の大剣を弾き、胸や胴を掠めて向こうの壁を破壊する。


「ぅぅぅ、壊しちゃったよ。弁償かなぁ。またソアラに怒られるうぅ。 やば! こっち来るっ」


 身体を大きく揺らし、緩慢な動きでキーマが向きを変えた。

 真正面になった顔が、ものすごく気持ち悪い。

 白目を剥き、歪んだ口辺から泡立つ涎を垂れ流し、歩く姿が、ゾンビのようで。。


「ぎゃぁぁああっ 大嫌いランキング、第一位だよぉ。まじっ? 」


 反射的に飛び退った小真希の周りを、無数のシールドが取り囲む。まだ空中にいる身体の周りで、数えきれない閃光が爆発した。


 着地し、滑りながら後退する小真希に、二回目の閃光が飛来する。

 瞬時に展開した結界シールドに着弾して、思わず瞑った瞼の裏が、真っ白に染まった。


「もぅ、最悪っ! 」


 ダンジョンの最下層を思い出した。一瞬の油断で死に戻りだ。


シールド連続展開。肉体操作マリオネットクールダウンまで五分。紋章の加護を解放します』


 眩んでいた目を擦り、なんとか視力が戻った小真希は、固まった。


「嘘ぉぉぉ 」


 大剣の先を地面に引きずり、もう片手を上げる森人の頭上に、逆巻く雪が霞むほど、光の矢が浮いている。

 それはもう、隙間がないほどびっしりと、全天を覆って。。


「詰んだ!? 」


『精霊の紋章を解放しました。反動に備えて下さい。マスター、準備を』


「え? ぇぇえぇぇぇ! 」


 自動で動く身体が身構える。膨大な衝撃に備え、額の前でクロスした両手首に、蓮と百合の紋章が浮き上がった。


『属性魔法を魔素マナに変換。出来うる限り、分解拡散します』


 頭に響くのアナウンスは、意味を成さない音に聞こえた。何が何だか理解できない小真希は、腹の底から湧き上がる突き抜けた感情の果てで、高揚感に満たされる。


「わっけ分かんない。でもでもでも……もうぉぉぉ、来いやぁ! 」

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