第99話 災厄 怖いぃ

「わっ!」


 大地が波打つ振動と轟音に、リムとウェドがへたり込む。

 固く瞑った瞼を両手で押さえるが、指を突き抜ける強烈な光に目が眩んだ。


「なんだよ、これ。目が痛いっ」


 身動きできないリムとウェドから、精霊は森人の後ろ姿へ視線を移した。


『ほぉぉ、災厄とは、よく言ったものじゃわぃ』


 あれだけの攻撃を終えた森人の頭上には、新たな光の槍が形成されていた。

 無詠唱なのか、ロスタイムがまったく無い。


『ほれ、さっさと動かんか。中の男が死んでしまうぞ』


 目を擦って頭を振っていたウェドは、精霊の指摘に慌てて立ち上がった。


「そ そうだった。急ごう、リム」


「はい」


 あちこちが破壊されて野外同然の室内へ、気忙しく走り込む。

 床に倒れた執事の周りには、おびただしい血が広がっていた。


「リム、ポーションを」


 すかさず蓋を取って渡し、リムは執事の頭を持ち上げる。

 口元に瓶を押し当てられ、薄っすらと目を開けた執事にウェドは強く声をかけた。


「飲んで。ポーションです。アルノールさんの依頼で、助けに来ました」


 理解したのかどうか、執事は微かに首を振る。


「ちか……おくさ ま に 」


「大丈夫。ポーションはたくさん持っています。だから、飲んで下さい」


 なおも重ねて言うウェドに、こくりと執事の喉が鳴った。そのまま飲み干して瞼が閉じる。

 安堵したように息を吐き、気絶したのか身体の力が抜けた。


「地下だね。すぐ  」


 すぐに行こうと言う前に、凄まじい衝撃で床に打ち付けられる。突風が身体を持ち上げ、三人は、まとめて部屋の隅まで飛ばされた。


「痛っ なんだ  よ」


 ウェドの下敷きになったリムは、視界が開けた天上に唖然となる。まさに、天井ではなく、吹き散らかる雪の夜空だ。


「……地下に避難。リム、行くよ」


「は? あぁ」


 さっきの衝撃が、二階部分の崩壊だと知る。崩れ落ちる暇さえない、破壊の飛散。

 見通せる筈のない吹雪の乱舞を、キースの光の槍が照らし出していた。


「コマキィ、ヤバイかも 精霊様 」


 青白んだリムは、思わずといった風に言葉を溢す。


『ここもヤバかろう。どれ、手助けしてやろうかのぉ。ぐふふふふふふ』


 精霊が軽く手を振り、瞬時に音と突風が止む。


『結界を張ってやったぞ。さっさと行け。そうだ、を結界で閉じ込めてやろうかのぉ。ククク……グヒョヒョヒョ』


 意識の無い執事を両脇から抱き抱え、ウェドとリムは、崩壊して剥き出しになった地下への階段を、降りて行った。


******

 幾十にも展開した結界多重シールドが、外側から弾け飛んで行く。

 真っ白に瞬く閃光で、全ての感覚が失われた。ホワイトアウト? 。。


「……って! あっぶなぁっ 気絶してる場合じゃない! 」


 ふらつく足を踏み締めて、小真希は自分の両頬を打った。


精霊の加護サンクチュアリを発動。属性攻撃の九十パーセントを分解拡散しました。残り十パーセントの攻撃で、死傷者はありません……精霊の結界発動に介入しました。マスターを除外。標的の森人に捕獲結界を集約。精霊の結界を再実行します。マスターのクールダウン完了。マリオネット肉体操作再起動しました』


 分解されて充満した魔素が、ねっとりと纏わりつく。


「うきゃっ」


 急な疾走と跳躍に、変な悲鳴が上がった。


 距離を置いた森人キーマが白く輝き、包み込んだ透明な繭の中で、暴発が起きる。輝きが消える頃。端から剥がれ落ちた結界透明な繭が溶けて消え、何もなかったように、光の槍が吹雪を跳ね返して増殖する。


 再度飛来する光の槍で、展開し直した精霊の加護サンクチュアリひびが走り、キラキラと壊れてゆく。


防御プロテクト発動』


 紙一重で間に合った防御。怪我はないが、衝撃に吹っ飛ばされて水掘りに落ちる。

 やや深い水底を蹴って、村側へ転がり込む。それと同時に、堀を抉る攻撃で地面が波打った。


「 手加減しろよ こっちは乙女だぞ」


 ごっそりと打ち壊された水堀に、大きなクレーターができていた。

 川から引いている水が、ゆっくりと溜まっていく。


 結界を再構築する間もなく、膨大な数の光の槍が飛来した。  

 左右に握った丸盾ラウンドシールドを振り回して光の槍を弾くが、打ち流す衝撃で足裏が滑る。


精霊の加護サンクチュアリ。再構築します』


「守るだけじゃダメ。なんか無いの? 一発逆転」


 顔を上げる間もなく始まる光の槍の絨毯攻撃に、精霊の加護サンクチュアリが爆散した。


連続結界多重シールド


 防御に特化した小真希の攻撃は、小太刀に偏っていた。

 魔獣の群れなら殲滅できるが、人相手では分が悪い。 


『マスター。の弱点がわかりません。しばらく防御に徹してください。ただ今、解析中です。精霊の加護サンクチュアリ展開』


「へっ? 」


 ふと上げた目に、満天を埋め尽くす数の光の槍が映った。

 迫り来るを迎え撃ちたい。小真希は歯軋りする。


(そうよ! 防いで防いで防いで! 防ぎ抜けば良いんでしょうっ)


 半ば破れかぶれ。ヤケクソのやる気に満ちた小真希だ。


 連打で大地を穿つ光の槍。液状化したような揺れに、身体が跳ねくりかえる。

 防御した身体は、叩きつけられても痛みは無い。

 倒れ伏した顔を上げ、見渡す限り光の槍で埋め尽くされた光景に、悲鳴が上がりそうになる。


『クククク。拘束して足止めしてやろう』


「【‖∂≦≦⊆∂‥≧殲滅】」


「【‰≧≧√〻≦≦√§≦≦∬≧風刃乱舞】」


「コマキィ」


「嬢ちゃん、無事か! 」


 走り寄る男たちに、小真希は泣きそうになった。

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