第100話 奪還

 リムの放つ【‖∂≦≦⊆∂‥≧殲滅】が、キーマの歩みを止めた。

 ウェドが操る【‰≧≧√〻≦≦√§≦≦∬≧風刃乱舞】は、確実にキーマを直撃した。はず? 。。


「なんだよ! 」


「どうして? 」


 巻き上がる土砂が吹雪に散った後、傷ひとつ無いキーマが立っていた。

 頭上には、光槍が数を増して。。


 雄叫びを上げるキーマの身体が発光した。

 小真希を目掛けて、無数の光る槍が飛来する。


多重結界フルシールド連続展開』


「下がって、コマキィ」

 

 キーマを遮り、小真希の前へ割り込むリム。呪文を練り上げるその背後に、転がり込む。

 一瞬に砕け散る多重結界フルシールドとキーマの光槍。

 撃ち漏らしたを、男たちミズリィ、ホアンが叩き落とす。


「【⁑∴※≧∽§≦≦∽※≧‖※∽≧氷棺拘束】」


 風に髪を逆立て、緩慢な動きで歩み寄るキーマを、リムが放った拘束魔法で捕える。大地ごと凍り始めた氷柱は、瞬く間に全身へ及んだ。


「【土塁壁アースウォール】。気を抜くな! 」


 鉄槌のジーン魔導士が衣服をはためかせ、大地に手を突いて叫ぶ。氷柱の上を這い登って、土の壁が覆った。


「トロン。剣に付与を」


 ミグの掲げた長剣に薄く氷が張り、倍ほどの長さに伸長する。

 自分トロンの剣にも付与を与え、突風に逆らってふたりが走り出した。


「コマキィ。結界を張り続けてください」


 後を追って、ホアンとミズリィも走り出す。


「リム、続けて準備。【‰≧∬§∽≧√§≦≦風爆嵐】」


「わかった。【⁑∴※≧√∂‥≧氷裂】」


『連続で、多重結界フルシールドを展開します。一人だけ遊んでいないで、協力を』


 の声が聞こえたのか、小真希の前に精霊が現れた。


『むぅ、精霊使いの荒い技能スキルじゃの。まったく。ほれ、個別に全員、【結界防御】』


 土壁に覆われた氷柱が爆散した。余波に煽られた身体が地面を転がって、家の残骸らしき物に叩きつけられる。

 渦巻く雪の幕から現れたキーマが、ふらりと体勢を崩した。


「かかれっ! 」


 氷礫が着弾し、土混じりの爆風がキーマの装備を削り裂き、ミグとトロン、ホアンの剣が切り刻み、ミズリィの大剣が叩き潰す。


「引けっ! 」


 ミグの叫びと同時に、キーマを中心とした空間が細かく振動した。飛び退って後退した男たちを、膨れ上がる数の光槍が貫く。

 数瞬遅れ、壊れた人形が落ちるように、男たちが地面を転がって、動かなくなる。雹の混じった風雪が暴れ、微動だにしない皆へ追い打ちをかけた。


「え? 」


 呆然とする小真希。不意に世界から、音と風が失われた。

 よろめきながら近づくキーマ。

 引きずっていた大剣が、小真希の前でふらりと持ち上がってゆく。


『多重結界を展開します』


 小真希の定まらない視線は、頭上の剣先と、倒れて動かない皆の間を彷徨った。


「……なんで  なんで こんな 事 できる の 」


 睨みあげた正面で、無造作に剣を振りかぶるキーマ。小真希に向ける目は白く。。


「は? 白目 剥いてる? 」


マリオネット肉体操作起動。対処します』


 落ちてくる刃の下で、呆気に取られる小真希の身体が、意思に関係なく跳躍した。

 空中で反転し、両手に出現した小太刀が煌めく。


「気絶してるなら、大人しく気絶してなさいよっ! こんのぉ、迷惑男! 」


 大剣を受け流し、小太刀が舞い、小真希とキーマは距離をとった。


「くたばれ  【⁑∴※≧√∂‥≧氷裂】」


 小真希へ迫るキーマの顔に、リムの氷礫が掠めて飛んだ。

 タタラを踏んで仰け反ったキーマがフルフルと頭をふり、なぜか戸惑ったように辺りを見回す。


「な んだ どうなって……」


 薄い水色の目をしたキーマと、吹雪の切れ間でガッツリ眼が合った小真希は、思わずヘラリと笑った。


「誰だ おま  え 」


 雪を纏った凄まじい突風が、ふたり小真希とキーマを巻き込んで吹き抜ける。

 吹雪に煽られる身体は、まともに立っていられなくなってきた。

 ホワイトアウトで、遭難は避けたい。。


「ヒッ! ギャァァァァ 」


 雪に遮られた向こうで、キーマの悲鳴が上がる。風圧で倒れそうになりながら、小真希は踏ん張った。


「来るな、くるな! ぐる゛な゛ぁ゛ぁ゛! びぃぎゃぁ゛」


 泣き叫ぶ風の音と、キーマのものらしい悲鳴が、どんどん遠くなって行く。


『標的との距離が、開いてゆきます。逃亡者キーマを追いますか? Y/N 。 マスター、指示を』


「指示って  いまさらぁ? もう、勘弁して! 」


 座り込んだ身体が、寒さに凍えて震えた。キーマを追いかける元気など無い。


「みんなー。生きてるぅ? 」


「おぉ」


「なんとか 」


 風の音に紛れた微かな返事を、耳が拾う。巻き上げられたマントの背中が、凍る。


「凍死するまでに、雪壕をお願いします。さっぶううう! 」


******

 細長い雪壕の中は、何ヶ所か設置した簡易釜戸で暖かい。

 天井代わりの氷の板から、うまい具合に通した仮の煙突で、雪壕内の空気は新鮮だ。

 あれからアルノールの奥さんと、屋敷に残っていた執事コルト女中頭ミリアを助け出した。

 村の広場に雪壕を掘って、村人を家の残骸から救出したが、大した怪我もない。

 今は収納ストレージに溜め込んだ寸胴鍋のスープとパンで、夜食を済ませた。


『我れが皆に、結界を張ってやったのだと言っただろうに。なぁにを聞いていたのか』


 自分の手柄が認められなくて、精霊の機嫌はすこぶる悪かった。

 人に見つかると面倒ばかり増えると、小真希以外は見えないよう調整している。


 まったく、わがままだな。


 ノルト村の住人は、高齢者ばかりだった。

 盗賊団に占拠された後、体力のある者はロイル商会を通して売り捌かれ、村には高齢者だけが残ったそうだ。

 すでに摘発されたロイル商会に、人身売買の証拠は残っているだろうから、迅速な救助が望まれる。


「夫の依頼とは言え、助けていただいた事、感謝します」


 アルノールの奥方は、サーシャ・モルター男爵夫人。

 劣悪な環境に耐え、痩せて疲れ果ててはいても、凛とした佇まいの女性だった。


「吹雪が止んだら領主館に連絡します。それまでは、少しでも休んでください」


 労わるミグに促され、小真希が取り出した毛皮に包まって、徐々に寝静まって行く。

 夜明けまで、数時間。

 朝には吹雪が止めばいいのにと、小真希も毛皮に包まった。

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