第101話 ミトナイ村奪還計画〜

 昼頃まで吹雪いた天候は、あっさりと晴れ渡り、夕刻前に領兵の一隊が到着した。

 さすがは鍛え上げた工兵隊。領主街とノルト村を繋ぐ街道の雪掻きは完璧だ。

 

 雪壕の端から這い出た小真希は、真っ白な雪景色に感嘆の声を上げた。そして、足跡の無い雪原に、身体全体でダイビングする。

 除雪された道を誘導される村人は、やんちゃな孫を見る目をしていた。


「子供か。いや、子供だったな、嬢ちゃんは」


 コマキィの肉体年齢は、エリンだった少女の年齢だ。

 村で十二歳といえば立派な成人だが、あまり栄養状態の良くなかったエリンは、十歳そこそこの見た目だった。


 どれほど小真希が強くても、ミグは微笑ましく思う傍で、憐憫れんびんの情を抱く。


「躾がなっていなくて、遺憾です」


 相槌を打つホアンも、手のかかる妹に半笑いの体で続ける。


「よく、生き残れたもんだ。運が良いのか、あんな強敵狂敵に出会うほど運が悪いのか。まぁ、ここに居られるのも、嬢ちゃんのおかげじゃね? 」


 カート斥候戯言に、トロン魔法剣士は深く頷いた。


 夜半の戦闘は多くを破壊したが、埋め尽くす雪の原は清々しくもある。

 領主が復活した今、小さな村の復興は、案外早く終わりそうだ。


「サーシャ! サァーシャーァ! 」


 馬から転がり落ちたアルノールが、跳ね起きて走ってくる。

 目指すは、雪壕から引き上げられたサーシャ夫人。

 除雪路を塞いでいたウェドとリムが、慌てて道を開け、雪に片足を突っ込んだ。


「あらあら、いけませんわねぇ。人を束ねる方が、忙しなく走るなんて。メッ、ですわ」


 優し気に微笑む夫人を見ていると悪寒が走るのは、気温のせいだろう。

 ガバリと抱きつく痩せた体躯のアルノール。よしよしと頭を撫でるサーシャ夫人は、聖母に見える。のだが。。


「旦那さま、助けてくださって、ありがとうございます……で・す・が。あなた……しゃんとなさいませ! 人目がございます」


 一瞬で姿勢を正すアルノールに、執事コルト女中頭ミリアが近寄って、揃って頭を下げる。


「旦那様。感謝いたします」


「旦那さま。ありがとうございます」


 鷹揚に頷くアルノールは、引き締まった表情だ。


「いいや、お前たちも無事でよかった。礼を言うのは私の方だよ。苦労をかけて、すまなかった」


 少し離れた位置で、小真希は服に付いた雪を叩き落としながら、感謝し合うアルノールを見ていた。

 ほんと、助かってよかった。そう思う。


「そろそろ出発だな。急ごう」


 ミズリィに摘み上げられて、馬車に乗る。(猫じゃないからぁ)と、心の中で抗議しておいた。


******

 除雪した道をひた走って日も暮れたが、深夜になる前に領主街へ到着。

 本当に領主街に近い距離で、最悪な状態が続いていたのだと実感した。

 避難してきたノルト村の住民は、領主館の別棟で保護された。


「えー……私たちも? 」


 馬車で携帯食の夕飯を済ませた小真希。いつもなら熟睡している時間だ。

 宿へ帰ろうとしていたのを、領主に招聘されて接見の間にいる。

 普段は領民の陳情を受ける部屋だそうな。人数が多いため応接室が手狭で、こちらになったらしい。


 今回の報酬に加え、ミトナイ村の状況を聞きたいと言われた。

 

「代表だけで、良いと思うよ。ホアンもミズリィも居るんだしさ」


 お偉いさんと顔合わせなんて、肩が凝って仕方がないと思うのに、有無を言わせぬ皆の視線が小真希を黙らせた。


 しばらく待つと、車椅子を押して、アルノールが部屋に入ってきた。

 立ち上がる「鉄槌」に続き、小真希たちも立ち上がる。


「モルター領の領主、エドウィンだ。楽にしてくれ。まだ私もこんな状態だし、気兼ねはいらない」


 テーブルを挟んで座った前に、アルノールが皮の袋をふたつ置く。


「まずは、礼を言う。危険を冒して、神酒ソーマを献上してくれた事、誠にありがたく思う。望む褒賞はミトナイ村の北。開拓地の所有権だと聞いた。この先五年の間に開墾した土地は、其方たちの私有地として認めた後、十年間の租税を免除する。細かな事は、領主代行と詰めてくれ」


 報奨授与の後、摘発されたロイル商会と、盗賊団の経緯が告げられた。


 数年前まで、ロイル商会は地方の行商人に過ぎなかった。

 頭角を現す転機が訪れたのは、行商の途中で襲ってきた盗賊団と取引をし、互いに便宜を図ろうと手を組んだ時だった。


 隣国ウィンザード王国から流れてきた盗賊団「岩蜥蜴」の首領は、開拓途中のミトナイ村に冒険者として入り込み、瞬く間にギルドを支配した。村に足場を刻んだ盗賊団が、初めて襲ったのが行商人のロイルの馬車だ。


 手を組んだ双方は、サザンテイル辺境伯領を侵食し始める。


 阿漕な融資で目を付けた商家を破産させ、身内の女子供を買い取り、盗賊団に渡して人身売買する。

 乗っ取った商家に盗賊団の配下を入れ、賞金首の隠れ家にする。


 末端の貴族に取り入り、融資の際に取り交わす証書に細工をし、借金で縛った上で支配するなど、悪辣な手段を使っていた。


「我がモルター領も、危ういところで其方らに助けられた。重ねて礼を言う。今回の件は、余罪が多すぎて被害も広範囲に及ぶため、これらの証拠と其方らが捕らえてくれた罪人を、サザンテイル辺境伯の元へ送り、裁いてもらう」


 アルノールにロイル商会を引き合わせた隣りの領主も、借金の形で縛られていた。

 サザンテイル辺境伯が統治する地方全体に、犯罪の染みは広がっている。ミトナイ村の賞金首を捕らえて殲滅しなければ、モルター領主の面目は立たないだろう。


「ミトナイ村奪還の総指揮は私が立とう。アルノール領主代行には、実動部隊を指揮してもらう。其方らの参加も、ギルドを通して依頼を出す。存分に働いてくれ」


 開拓村の権利は保証された。

 さっさとミトナイ村を取り返すぞぉ!

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