第102話 閑話 魔術師の懺悔

 吹雪く風音が、微かに聞こえる。

 外は凍える寒さだが、ここは仄かに暖かい。


『ほほぉ、これが牢屋か  むむ? こやつ、どこかで見たような……はて、どこであったか』


 小真希たちが領主と会って話し込んでしまい、どうにも退屈した精霊は、領主街の中をフラフラ彷徨っていた。


 あちらこちらの家屋の中を素通りしているうちに、多くの兵が出入りする建物の地下で、見かけた事のある人間を見つけた。


『おぉぉぉ、が助けた親子を、監視していた女呪術師か』


 新しいおもちゃを見つけた子供のように、落ち着きなく旋回する。


『むむむむ。いや、もっと他所で見たような。わし、もやもやする』


 天井付近で停滞し、うんうん唸りながら首を捻る精霊。考え事とは無縁な精霊の、こんな姿を見たなら、小真希は腹を抱えて笑っただろう。


 領兵隊詰所の地下牢で、天井に留まる精霊の目線の先。硬いベッドに腰掛けた女呪術師が、長いため息を落とした。


「やっと……自由に なれる 」


 顔を覆った指の間から、ポタポタと膝に涙が落ちる。

 領主の裁きで極刑に処せられても、と縁が切れるなら有難いと、疲れ切った言葉も漏れた。


 子供の頃から手のつけられない乱暴者だったは、この国に密入国した後、次々と野盗を襲い支配下に置いて、大規模な盗賊団を組織した。

 女呪術師の兄で、盗賊団「岩蜥蜴」の首領。隷属の紋を、彼女の肩に刻んだ実兄だ。


「神様。今度こそ、ちゃんと、あの男が裁かれますように。もう二度と、人を苦しめないよう、裁きを」


 呟くように女呪術師の祈りが溢れ、大きく息を吐いた時、地上へ繋がっった階段の上から、扉の開く音が響いてきた。

 コツコツと長靴の音を立て、長身の男が牢の前で立ち止まる。

 見上げるくらい大柄な兵士と、後ろに控えた配下の兵士だった。


「呪術師アーリ。ロイル商会との関係及び、領主に対する殺人未遂に関して尋問を行う。出ろ」


「 はい」


 魔封じの枷を両手首に嵌められ、前後の兵士に挟まれて、牢から階段を上がる。そこは少し広めの部屋で、階段への扉と、それと対面する壁の扉に、兵士が二名ずつ立っていた。


 机を挟んで座った女呪術師アーリに、牢まで迎えにきた大柄な兵士が鋭い目を向けてくる。


「氏名と出身地を述べよ」


 型通りの尋問が始まり、扉脇の小机で書記官がペンを走らせた。


「アーリ。家名はありません。隣国ウィンザード王国の砂漠で生まれた、遊牧民です。十年前の災厄で、拠点の水場オアシスが砂に埋もれ、生き残った兄妹たちと、バードック神星王国に密入国しました」


 ウィンザード王国は、国土の半分が砂漠だ。

 アーリたちは、家族単位で小さな水場オアシスを拠点にする羊飼いだった。

 羊の毛糸を紡ぎ、水場オアシスに咲く花や草で鮮やかに染めて、敷物を織り上げた。丈夫な絨毯と羊のチーズを交易品に、細々と生活をしていた。


「兄はダーレン。盗賊団「岩蜥蜴」の首領です。双子の姉カーラは、行方不明です」


 密入国の果てに食い詰め、盗賊に堕ちるまではすぐだった。

 砂漠でも魔獣狩りを生業にしていたダーレンは強い。

 出会う盗賊を悉く蹴散らして配下に下し、大規模な盗賊団を組織した辺りで、破格の賞金首として追われるようになる。


「辺境領に流れて来て、初めて襲ったのが、ロイル商会でした」


 行商人ロイル商会と組んだ「岩蜥蜴」は、乗っ取った商家をアジトにし、悪辣な金融で騙した者を、借金奴隷に堕とした。人身売買の始まりだ。


「数年前。ミトナイ開拓村のダンジョンで見つかった若返り薬アムリタを独占しようと、モルター領に来ました。兄は、ミトナイ村の冒険者ギルドを、乗っ取っています」


 ミトナイ村を支配し続けるのに、冒険者ギルドのギルマスの家族を、人質にしていた事。領主のモルター子爵を殺害して、幼い後継を抱き込もうと暗躍していた事も、スラスラと白状した。


「ミトナイ村に居る、盗賊の人数は? 」


 しばらく考え込んで、アーリは口を開いた。


「ミトナイ村の冬は雪で閉ざされるので、首領のダーレン。手下は、ゴリド、ケリー、ガボの三人だけだと思います。兄ダーレンは、手練れを身近には置かないんです。いつ、寝首を掻かれるか、わからないので」


「そうか。殊勝な態度を考慮する。くれぐれも、身の程を弁えるように」


 いくぶん険悪な表情の抜けた兵士が、尋問を終えて声を和らげた。

 牢に戻るアーリの肩から、思い詰めた緊張感が抜けてゆく。


「神様。どうか、兄を止めてください」


 再び祈りを呟くアーリに、精霊のこめかみがピクリと持ち上がった。


『……なんか わし。ふくざつ? 』

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