第103話 岩蜥蜴 討伐 一

 やって来ました。ミトナイ村。の、手前の野営地。

 珍しくも八日間続いた快晴は、まだまだ崩れそうにない。


 晴天の中、雪国育ちの工兵隊は、恐ろしいスピードで除雪を完了。

 領主街からこの野営地まで、三日で街道を掘り尽くし、討伐隊の進行に大いに貢献した。


 どこぞの意地悪なな商人が、子供みたいな嫌がらせを仕掛けて来た野営地も、本陣となる天幕を張り終えた。

 本陣を囲むように、討伐部隊の中型の天幕も設営が完了している。

 ここで一晩を明かしたら、いよいよ作戦開始だ。


 本陣の天幕には、総司令官のモルター子爵や、実働部隊で陣頭指揮を取る領主代行アルノール、先発隊を志願した「鉄壁」のミグリーダー。当事者になるミトナイ組。斥候に出る兵士も揃っている。


 いよいよミトナイ村攻略戦の開始だ。


『良い 良い! なかなかに面白いっ。ドンドンやれ! 』


 若干、精霊が喧しい。


「ノルト村討伐では、コマキィ嬢の魔道具が活躍したそうだね。今回も斥候の手伝いは、頼めるだろうか」


 エリンの記憶では、当たり前に命令する貴族が多い中、モルター子爵は、部下ではない一般市民を慮って話しかけてくる。


 自領の平民は、領主の財産で道具。それが当たり前の世界にあって、かなり毛色の変わった貴族だ。

 探索の魔道具を差し出せ、と言わないところが、とても好ましい。

 差し出したところで、小真希以外は使えないのだが、気持ちの問題だ。


「はい。お役に立てるなら、頑張ります」


 健気に見えるように、猫を被る小真希。

 隣りに居るリムが吹き出しそうに咽せたので、肘で突いておく。


「では、早速に見せてもらえるか? 」


「はい」


 受信用のタブレットと、胡麻粒大の羽蟻を簡易テーブルに並べる。


「おぉ、古代の魔道具か? 初めて見る」


 物珍しげな子爵モルターに、小真希は心臓を跳ねさせた。出どころを聞かれても、自分の技能スキルが作りましたとは言えない。


「あー、ソウデスネ。そ それより、動かしてみましょう。ぁはっ」


 物珍しいタブレットに気を逸らして、誤魔化そう。そうしようー。


 羽蟻を起動して天幕の天井付近に滞空させると、タブレットから立ち上がった立体映像ホログラムに全員の頭頂部が映った。


「おぉぉぉ」


 好感度の歓声に、得意げな小真希。


「このままミトナイ村まで、飛ばしてみますか? 」


『遠隔操作は、お任せください。マスター』


 やる気満々なの声が、頭に響く。


『わし……我が、一緒に行ってやるのも、吝かではないぞ』


 本当は行きたくてムズムズしている精霊が、カッコをつけて言い放った。残念ながら、精霊の声が聞こえるのも、姿が見えるのも、今は小真希だけだが。。


「コマキィ嬢。今すぐミトナイ村まで頼もう」


「はい」

 

 子爵モルターの要請に応えて、タブレットを床に置いた。その方が見やすいかなと思っただけだ。


 立体映像ホログラムの景色が変化する。

 雪原と天幕の野営地が瞬く間に小さく遠ざかって、高空写真さながらのマップが広がった。


「地形の把握になる。各自詳細に記憶せよ」


 的確な指示は、モルター子爵。領主代行アルノールは子煩悩な親の目線で、子爵の成長にうるうるしている。


 半月型の山脈の側に、深い雪に埋もれたミトナイ村が見えてくる。

 ミトナイダンジョンがある山脈の後方は、波打つような連山の連なりで、途切れてなだらかに下った先は、国境の街パレイだ。


 雪に閉ざされて封鎖状態の中、移動するものは何もない。

 

「ミトナイ村の門も、東西南北の四箇所だけだったか」


 子爵の質問に、ホアンが応えた。


「はい、その通りです。ですが、ダンジョンへ行く東門以外、他の三門西南北は閉鎖されていました。ミトナイ村に居る、開拓初期から携わった人々は、自由に外へ出られない状態です。東門には「岩蜥蜴」に制圧された冒険者ギルドがあり、出入りの検問は厳しいです」


 軽く握った拳で口元を押さえ、子爵が考え込む。それも長くはなく、熟考した面差しで顔を上げた。


「わかった。まずは、住民の安全確保だな。コマキィ嬢。西門に詰所の設置はあるか、確認してほしい」


「はい。もうすぐ村です。高度を下げて、西門に向かいます」 


 急降下する映像だとわかっていても、上から覗く体勢なので、胃のあたりがキュッとなる。

 視覚の変化で落ちると錯覚するのだが、慣れない者は息を呑んだり呻いたりと、ちょっと騒がしい。


 鮮明になった西門には、結構な大きさの詰め所があった。

 ダンジョンと反対側の西門は、本来なら王都方面への出発点になる。閉鎖する意味が分からない。


「ここを占拠すれば住民を保護できるし、応戦できるな。よし、コマキィ嬢。東門へ行ってくれるか? 」


「わかりました」


 映像を見つめる者たちの目が、好戦的に輝き始めた。


 小真希が身分証欲しさに、開拓民の登録をした東門の冒険者ギルドは、最低最悪な場所だった。

 意地悪で悪どいルイーザを思い出して、腹の底から怒りが湧いてくる。


「逃亡阻止に、南北の門を外から封鎖する。隊を三分割し、一隊は西門を制圧し、密かに住民を保護せよ。二隊は南北に別れて門を封鎖し、見張りを残して東門へ向かう。この魔道具で東門の現状を確認次第、先発隊は、出発の準備を」


 子爵の指示を仰ぎながら、大きくなってゆく東門の映像に、小真希は拳を握りしめる。


(待ってなさい、ルイーザ。ギャフンと、言わせてあげるから! )

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