第104話 岩蜥蜴 討伐 二

 一夜明けて翌日。

 夜明けと共に出発した先発隊のメンバーは、ミトナイ村の西門が見える峠の森へ、ようやく夜半に到着した。馬車でなら半日の距離だ。


 タブレットに映る村の中を探索しながら、雪壕を掘り始める。

 探索担当は小真希で、せっせと穴掘りをするのは、

 ここに来て、天候が崩れ始めた。

 風がキツくなって、細かい雪が吹き飛んでゆく。


「んー おっかしいなぁ 」


 暗視で見回すミトナイ村の家々が、雪に埋もれていた。

 雪掻きした形跡もなく、道の除雪もしていないようで、凸凹の雪原だ。


「コマキィ、中に入れってさ」


 近寄ってきたウェドは、はためくマントを掻き合わせている。

 進化した雪壕は、階段が付いて降りやすかった。

 後ろから付いてきたウェドは、器用に氷の板氷盾をずらして蓋をする。

 雪壕経験も二度目なら、色々と慣れて手際が良い。


「どうでした? 」


 石組みの釜戸を囲んで暖をとっていたホアンが、かじかんだ手を擦り合わせながら聞いてきた。

 領軍で使用している煙突が付いた釜戸を、「鉄槌」が貸し出してもらったらしい。

 たっぷりと湯を沸かしているので、雪壕内はとても暖かかった。


「なんか、変なのよ……まるで、誰も住んでない? みたいな? 」


「なんですか、それは」


 地面に置いて起動したタブレットに、ミトナイ村の上空から俯瞰した映像が立ち上がる。

 昼間のように明るくはないが、暗視した映像は不可解だ。


「 全部が埋もれてる? のですか 」


「生活しているようには、見えねぇな」


「廃村? 」


 皆が好き勝手に感想を述べる。


「嬢ちゃん、東門へ行ってくれるか」


 ミグに言われて、東側へ飛ぶ。

 ずっと続く雪原のような村の景色は、東門側も同様だった。


「情報が、漏れた? 」


 ミズリィの呟きに、難しい顔のミグが首を振った。


「人が居ないとして、これだけ雪が積もっているとなると、一ヶ月やそこらは経ってるな」


 昨日までの一週間余り、雪は降っていない。家が埋まるほど積もるには、何日ぐらいかかるのか。。


「明日。潜入するか」


 精霊が居るなら、ちょっと見に行ってほしいが、飽きてどこかへ行って以来、うんともすんとも音沙汰がない。


(もぉ、役に立ってよぉー)


 文句を思う言う小真希は、案外と酷いかもしれない。


「おーし、飯食ったら、明日に備えて寝るぞー」


 トロン魔法剣士の間延びした号令で携帯食を齧り、シプレン羊型巻毛種・もこもこタイプの革に包まった小真希は、スコンと寝落ちした。


「子供だし、疲れてんのな」


「危ないとか、思わねぇ? 」


 小真希は知らないが、誰かの声が呆れていた。



 またまた一夜明けて、朝。

 ほんの少し曇り空。昨夜の嵐は鳴りをひそめ、大雪になるほど空は怪しくない。

 天候に関しては、随分と恵まれている。


「嬢ちゃん。飛ばしてくれるか」


「はーい」


 ミグの頼みに、快く返事を返す。隣りにいるリムは鼻息で笑うが、無視だ。無視。。


 相変わらずタブレット越しのミトナイ村は、人の気配が無い。


「ちょーっと、入ってみますか」


 低空飛行で旋回すれば、ずり落ちた雪の隙間に、窓枠が見える。

 くまなく木枠を探り、ひびを見つけて潜り込んだ。

 入った室内は小さな厨房で……。


「は? えぇぇぇ! うそぉ」


 膝を抱えた子供が、倒れていた。


「びっくりしたっ! 急にどうしたの、コマキィ」


 小真希の大声に仰け反ったウェド。思わず飛びついて、その胸ぐらを掴んだ。


「死んでるかもっ。たいへん! 救急車! じゃない、救急隊レスキュー


「落ち着け、コマキィ。判る言葉で話せ? 何語を喋ってる? 」


 鼻を突き合わせる距離でウェドに囁かれ、ハッと我にかえる。


「埋まってる、家の中、死んでるかも……」


「は? 」


「だから! 子供なのっ」


 それからは、皆の行動が早かった。

 すぐさま西門をこじ開けて侵入し、手当たり次第に雪を掘り起こし、扉を蹴破って家中を捜索。

 子供やら年寄りやらを、西門の詰め所へ運び込んだ。


 皆が走り回っている間、小真希とウェドは詰所の扉をこじ開け、厨房と休憩室の暖炉に火を起こした。

 寸胴鍋を引っ張り出して水を張り、倉庫や個室から、シーツと毛布を掻き集める。


「おーい、湯でも何でもいい、とにかく暖かいものっ」


 完全に冷え切って、事切れる寸前の人が運び込まれてくる。

 温くもなく熱くもない白湯だが、ちょうど良いかもしれないと、自分では動けない老婆を抱え起こして木のカップを唇に寄せる。


「飲めますか? 白湯です」


 震えながら一口啜り込んだ老婆が、震える両手でカップを包み込んだ。


「コマキィ、砂糖を少しだけ入れたから、こっちを飲ませてあげて」


 手渡されたカップに口をつけた老婆が、カッと目を見開いた。急いで飲もうとするのを、ウェドがやんわりと止める。


「ゆっくり、ゆっくり飲んで。お腹がびっくりするよ。ね? 」


 人当たりの良い美少年の微笑みは、全年齢の女性に有効らしい。。


「こっち、頼む」


 休憩室へ運び込まれる村人に、砂糖をひとつまみ落とした白湯を飲ませる。その間に、携帯食のパンを砕いて作った粥を、リムが運んできた。

 ミルクの代わりに水で煮て、少しの塩を加えただけの、薄いスープもどき。。それでも餓死寸前の者には、極上のスープに思えたようだ。


 昼過ぎまでかかって、何とか村中の家を捜索したが、残念な事に、助けられたのはわずかな人数で、ほとんどが凍死か餓死で亡くなっていた。


「本隊が来るまで、ここで潜伏しよう。悪いが嬢ちゃんは、探索を続けてくれるか」


「はい。任せて」


 絶対に、ルイーザや賞金首ダーレンを見つけてやる。

 ミグの頼みに、小真希は唇を噛んで、しっかりと頷いた。

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