第105話 岩蜥蜴 討伐 三

 白湯さゆやパン粥で人心地がついた村人に、ぬるま湯で薄めた回復錬金薬液ヒールポーションを配る。

 無いよりはマシ、くらいな量だが、瀕死状態からは脱したと思いたい。

 ここでもシプレン羊型巻毛種・もこもこタイプ革の毛布が、大活躍だ。


 現状を知らせに、先発隊に参加していた斥候兵が本隊へ戻った。

 吹雪にならない限り、早ければ明後日夕刻には、食料や燃料の補給が来るだろう。


 高齢の男性で助かったのは三人。あとは間に合わなかったそうだ。

 極限だった状態を潜り抜け、無事に発見した過半数は女性で、あとは母親とともに居た子供たちだ。


 うん。女性って、強いな。。


 小真希が見つけた男の子は、パン粥を少し食べて眠っている。亡くなった子供が居たのかどうか、捜索にあたった誰もが話さない。だから、そういう事なのだろう。


 夕方になった頃。救助された村人の中で、一部を除いた女性たちが話せる状態になった。

 もともと朦朧としていただけで、何がしか口にして、飢えを凌げた人たちだと思われる。


 まだひとりでは動けないが、背中に丸めた毛皮を当てて、身体を起こせるくらいには回復していた。

 怖がらせないように、人当たりの良いホアンが事情を聞く。


「冒険者ギルドの悪たれどもが、村の若いもんを煽って、ダンジョンに潜り出して 」


 小真希たちが追放された後、ダンジョンのドロップ品を探索者ギルドより高額で買い取ると、冒険者ギルドが言い出した。

 来年から人頭税は金貨一枚になると布令が出て、子沢山の家庭では口減しの空気が流れた頃だ。


 若返り薬アムリタひとつで金貨一枚というのは破格だし、徒党パーティーを組んで潜れば簡単だと噂も流れた。

 煽る噂を流したのは冒険者ギルド。。


 その気になった村の男たちは徒党パーティーを組んで、ダンジョンへ潜っていった。そうして、それっきり、村には帰らなくなった。


 降る雪は絶え間なくなり、雪掻きなど力仕事をする人手も無く。降り込められたまま、家から出る手段が途絶える。

 残り少なくなる食料。節約しても、瞬く間に燃え尽きる燃料。

 近づく死の現実は、どれほど恐ろしかっただろう。。


「薪が無くなっても、椅子とか木の食器とかを燃やして、雪を溶かして飲んでいたけど、五日ほど前に燃やすものが無くなって……雪を食べて、身体が氷になったかと思った。もう死ぬんだと思ったわ。 助けてくれて、ありがとう」


 即席で作った物でも、暖かい食事に満たされ、もう大丈夫だと安堵した彼女たちは、横になったまま口々に事情を話し、話し疲れて気絶するように眠った。


「コマキィ、探索者ギルドに潜入してくれますか」


 村人が寝静まり、微笑んでいた顔から表情が抜け落ちたホアン。眉間には深い皺が寄っている。

 小真希にも、何を心配しているのか想像できた。


「乗っ取られていなければ、良いのですが  」


 ホアンの口調は苦い。

 普段は暑苦しいミズリィや、茶化してくるリムもおとなしかった。

 ウェドも静かに薪を焚べている。


「そうだな。あの男レオンも、探索者ギルドを束ねる長だ。滅多な事は無いと思うが」


 ホアンの呟きに、ミグも希望なのか願望なのか分からない返事をした。

 しばらくして、壊れた扉を開け、村の探索から「鉄槌」のメンバーが帰ってきた。


「良いもの見つけた。村の教会は、もぬけの殻だったし、貴重品やら高価な祭具は見当たらなかったが、霊廟れいびょうには薪がごっそり残っていた」


 三人ともトロン・カート・ジーン両腕いっぱいに抱えていた薪を部屋の隅に積み上げ、リムから受け取った白湯をうまそうに飲んだ。


「お、探索か? 」


 床に置いたタブレットに気づき、興味津々でワラワラと集まってくる。

 東門で待機していた羽蟻を、ダンジョン目掛けて飛行させたばかりだ。


 暗視の効果は抜群で、雪原を見下ろしながら高速移動する。

 見えてきたダンジョン横の探索者ギルドには、夜間灯が灯っていた。

 ギルド前の空き地は除雪され、うっすらと雪を被った石畳が、ダンジョンの入り口まで伸びていた。


 さらに近づくと、ギルドの玄関が細く開いているのが見えた。


「嬢ちゃん。ギルド探索者に入ってくれるか」


「あいあいさー」


 ミグの指示に従って、羽蟻を夜間受付へ飛ばす。通過する通常の窓口は、締切のプレートが下がっていた。

 奥まってほんのり明るい窓口で、難しい顔のレオンが居た。


「おーーー、ギルマスは無事みたい。機嫌は悪そうだけど 」


 皆で囲むタブレットに、腰掛けて踏ん反り返った頭頂部が見えた。


 まだフサフサしていて、よかったね。レオン。。


 ほっこりしている小真希に、乗り出したミグが鼻先まで顔を寄せた。


「奴と話がしたい。できるか、嬢ちゃん」


 できるかと聞かれたら、できないと言えないのが小真希。うんうん唸りながら、頭の中を検索しまくる。


(確か、向こうの音を拾う機能を使えば、なんとかなるか? )


 頭から煙が出そうな勢いに、のため息が聞こえた。


『……了解しました、マスター。無理難だぃ……緊急事態と、認識しました。この際ですので通信機能を付与します。Y/N  』


(あーーー、よろしく、イエスでお願いします。 ごめん )


『了解しました……………… 使用可能です。タブレットに、機能を追加しました 』


 途端に注ぎ込まれる、仕様説明注入インストール

 クラリと目が周り、頭を抱えた。一瞬、頭の中が沸騰する。


「だいじょうぶか? 嬢ちゃん」


 ミグの声に、押さえていた頭から手を離す。


「はい   だいじょうぶ。通信できます」


******

 先発隊の兵が、本隊に帰還した翌日。

 曇り空ではあるものの、好機と捉えた子爵モルターの決断で、侵攻が決定。

 朝から元気いっぱいな工兵隊が、瞬く間に開いて行く街道を、討伐隊の一団は進行を開始した。

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