第106話 岩蜥蜴 討伐 四

 ダンジョン入り口は、巨大な穴倉アリーナになっている。

 夜明けを迎えてすぐに、奥まった一角を占めるテントの群れから、薄汚れて精彩のない村人たちが這い出てきた。

 寝不足で漏らす欠伸は白く濁り、一様にブルリと震えるまでがセットだ。


 氷点下の石畳を歩いてきたレオンも、シュンと鼻息を吸い込む。そうして、目当ての男を見つけ、足早に近づいた。


「スタン。話がある」


 くたびれ果てた様子の大男スタンと強引に距離を縮め、逃がさないと肩を掴んだ。


「うちの戦力ギルマスに、なんの用だ。探索者ギルドのギルマスさんよぅ」


 途端にレオンを押し除け、間に割って入るダーレン。

 酒焼けした濁声は、殺気のこもった陰湿な響きだ。

 レオンから顔を背けたスタンにダーレンは行けと手を振り、腕を組んで立ち塞がる。


 無理にスタンを引き留めるわけにもいかず、レオンは歯噛みした。


「越権行為だぜ、レオン。ダンジョンはテメェのもんじゃねぇだろ」


「ふん。お前のものでもない。冒険者になったばかりの初心者を、不相応な階層まで送り込まれては、こちらが迷惑すると、何度言ったら分かるんだ。ダーレン。その頭はお飾りで、言葉を理解できんのか」



「その言葉。今だけ、おもしれぇ冗談にしといてやる。ガキが潜るわけでもなし。何があっても、自業自得だ。あいつらは、家族のために金儲けしてるんだ、度を超した干渉は、テメェの言う迷惑ってもんだぜ、大概にしろや」


 少し前まで、実力不足なまま深層へ潜る村人初心者に対し、成り行きで救助に当たった探索者から苦情が殺到していた。それが最近は、魔獣を押し付けられたという苦情に変化している。

 逃げられずに怪我をした探索者が増え、険悪な空気の中、あらゆる場所で小競り合いが起こっていた。


「自業自得なら、他の者を巻き込むな。これ以上ルール違反を続けるなら、領主に訴え出るぞ」


 いつにないレオンの強気に、ダーレンは歪んだ笑みを浮かべる。


「おもしれぇ。やれるもんなら勝手にしろや」


 できるわけがない。訴え出たとして、通るわけがない。

 ダーレンの皮肉った笑みが、優越感に満ちていた。


「クソッタレが! 」


 言い捨てて、レオンは踵を返した。


******

 レオンを言い負かしたと満足して、ダーレンは大きめの掘建小屋へ足を向ける。


「ふん。レオンの奴、負け犬の遠吠えが、キャンキャンと煩わしいぜ」


 小屋の中では、朝食用の大麦の粥が炊かれていた。

 これに干し肉が一切れついて、一食銅貨五枚。

 寝床と朝夕の食事、昼食用の携帯食を合わせて天引きすれば、村人の手に残る金はほとんど無くなった。


 まだ若返り薬アムリタドロップ品はないが、買取価格は正当な値段だ。ただし、天引き分が払えない日もあり、村人の借金が嵩む一方の状態になっている。


 ダーレンの狙いは、捨て駒村人スタンギルマスを使い、若返り薬アムリタが取れる階層まで下ろす事。

 万が一でもアムリタが手に入れば、ここを捨ててすぐに高跳びする。手に入らなくとも、雪が溶ければ高跳びする心算だ。

 

「はぁー、飽きちまった。そろそろを切り裂いて、ゾクゾクしてぇ」


 小屋の扉を開けながら低く呟いた愚痴は、狂気が混じり混んでいた。


*****

「こっわ。こいつ、怖っ」


 レオンの髪から飛翔した羽蟻は、天井近くからダーレンを視覚に収めた後、しばらく辺りを旋回した。


「賞金首は確認したし、保護対象も把握した。だいたいの位置も掴めたな。スタンが出てきたら追跡を開始して、話しかけるチャンスを待とう。頼んだぜ、嬢ちゃん」


「あいあいさー」


 調子良く返事する小真希に、ミグはスープのマグカップを傾ける。

 西門の詰所で暖かい食事を食べながら、小真希は床のタブレットに釘付けだ。


 レオンが接触したスタンとダーレンには、目印のポイントを付けた。これからはどこに居ようと、一発で見つけられる。


「ふっふっふ。ルイーザは、どこかな? ギャフンの言わせ方、なんにしようかー。ふふふふふふ」


 かなり怪しい小真希の独り言に、リムが目を見開いた。


「気にするな、口だけだ」


 軽く流すミズリィの言葉に、ウェドがうんうんと頷く。


「さて、賞金首がどう動くのか、しばらくは観察だな」


 ミグの指示に、全員が頷いた。

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