第107話 岩蜥蜴 討伐 五

 ダーレンの監視は深夜におよび、お子様の小真希は布団へ放り込まれた。

 ぬくぬくした布団の中で、今日もスコンと熟睡だ。

 夢も見ないで、夜が明ける。


 シプレン羊型巻毛種・もこもこタイプの布団に包まれて、小真希は微睡んでいた。

 今日は特に暖かい。特に、お腹の辺りがポカポカする。


「うぅ? あれ? 」


 ポカポカが胸に移動して、湿った何かが顎をつんつんした。

 なんだろうと眠い瞼をこじ開けた前に、真っ黒な毛玉がいた。

 可愛らしく尖った耳と耳の間で、小豆大の突起黒曜石が、チロチロと朝日を反射する。


「ん? オプト。 あれぇ? 」


 開拓地に残してきただ。


『なおぉぉ〜ん』


「うふっ、久しぶりに可愛いー」


 夢現ゆめうつつで抱きしめ、もう一度眠ろうとした小真希の頭上で、不機嫌な精霊が旋回した。


『寝ぼけおって。わしに気づかんのか。せっかくを連れてきてやったと言うのに、感謝もせんのか。なんと不敬な奴か』


「んー? あぁ、おはよー。どこに行ってたの。忙しいのにぃ」


 盛大な欠伸をして、ようやく小真希は身体を起こす。

 毛皮がずり落ちて寒かったのか、腕の中のオプトが不満そうに鳴いた。


『開拓地へ行ってきた。ほれ、口うるさい小娘ソアラが持って行けと忙しなくてな。あやつ、わしを敬いもせんのだ。不敬にも程があるぞ』


 空間からポロポロ吐き出された錬金薬液ポーションが、床に山を造った。その横に、大きな皮袋が三つ。中身は川魚の干物と、硬く焼きしめたパンだった。


「わぁ、助かる。ありがと、精霊。さすがソアラだわぁ〜」


 いささか投げやりな感謝に、精霊の機嫌が上昇しかけて、固まった。


「じゃぁ、ご飯〜ご飯〜」


『おーぃ。わし、なんか嬉しくないぞ? まったく、お前はぁ 』


 いそいそと厨房へ行く小真希を、オプトが追いかける。

 しばらく旋回していた精霊は、諦めて小真希の後を追いかけた。

 何も気にしない小真希は、大物か。。?


「起きたか、コマキィ。ん? そのちんまいのは? 」


 薄いスープの鍋をかき混ぜていたトロン鉄槌剣士は、小真希の後ろをちょこまかと歩くオプトを、お玉の先で指差した。

 ポタポタ落ちた雫が床に溜まり、匂いを嗅いだオプトが低く鳴く。


「えぇーと、私の相棒よ」


 小真希を放り出して、オプトがトロンの足にすり寄った。極上の甘えた鳴き声に、トロンの笑みが崩れる。


「そうかそうか、待ってろよ。可愛いな、お前」


 じっとりと視線を向け、半眼になる小真希。


「あざとぃ 」


 猫ならではの、特殊能力? おいしい物大好きな、本能だろうか。

 

「ちょうど良かった。嬢ちゃん、こっちに来てくれ」


 食堂の床に座り込みタブレットを覗き込んでいたミグが、声を上げた。

 一緒に覗いているのはホアン。

 ミズリィと「鉄槌」のカート。それにジーンは、暖炉に薪を運んでいる。

 リムとウェドは、動けない村人に手をかして朝の支度だ。


「なかなかスタンと繋ぎをつけられない。なんか良い策はないか? 」


 羽蟻を通して話しかけたミグだが、本人は空耳が聞こえるほど体力がなくなったと落ち込んでいるらしい。

 確かに、姿が見えないのに声だけ聞こえたら、自分の精神状態を疑う。


「うーん、あっちに映像を送れたら良いのかな」


『マスター。容量オーバーです』


 速攻で返ってきたの返事に、小真希の肩が落ちた。同時に床へ落ちた視線が、スープカップに顔を突っ込むオプトを捉える。


「お、そうよ。姿が見えれば、怖くない」


 タブレット越しにレオンと話すミグのそばで、キラキラした顔の小真希は、ひとりVサインを掲げた。


******

 探索者ギルドの執務室で、レオンは机を睨みつけながら喋っていた。

 周りに誰もいないのが救いだ。


「それで? これから俺はどう動けば良いんだ」


 レオンが睨む先には、羽ペンが刺さったペン立てと、羽の先っぽに止まった喋る羽蟻がいる。

 モゾモゾ動く羽蟻は本物そっくりだ。もっとも喋る声はミグ鉄槌リーダーだが。。


ーー「今はまだ、動かないでくれ。本隊が到着するまで、二日ほどかかる。包囲するまでに余裕を持って三日。侵攻は五日後を目処に」ーー


「待ってられるか! こっちは限界なんだっ」


 極力押さえた音量で、レオンが怒鳴る。

 実際に巻き込まれる探索者の不満は、限界を越えていた。ちょっとした火花で、爆発は免れない。


ーー「なんとか頼む。ここでアレ賞金首を取り逃す失態は、犯せない。逃せばどれほどの被害が増えるのか、想像もできん」ーー


 机に着いた両手を握り締め、レオンは震える息を吐き出した。

 国境を跨ぐ賞金首を取り逃す。それがどういう事かは理解している。

 レオンにとって、国のメンツなど、どうでも良い事だが。。


「……五日。それ以上は待てない」


ーー「了解した、全力を尽くす。あぁそれから、スタン冒険者ギルマスの妻子は無事に確保した。聖教会の保護下に居るから、安心してくれ」ーー


 通信が切れて、羽蟻は天井に移動した。


「くっそ。そっちの方を先に言えや! 」


******

 ダンジョンの二階層へ降りたスタンは、目をぎらつかせた村人を見回す。

 なぜか怯える事なく、出現ポップしたゴブリンへ切り掛かってゆくのを、割り切れない思いで見送った。


 初めてダンジョンに潜った時は、悲鳴をあげて逃げ惑っていたのに。慣れたと言うより、何かに取り憑かれたように見える。


ーー「テステス。応答してください。スタンさん? 」ーー


 飛び上がる勢いで、スタンの肩が跳ねた。

 誰もいない、いや、村人はいるが。聞こえてきたのは、少女の声で。。


ーー「足元。足元にいます。こんにちは」ーー


 気が狂ったか。苦悩するスタンは、空耳の言うがまま、自分の足元へ目を落とし、しばし、硬直した。

 潤んだ目で見上げているのは、なんとも愛くるしい黒い毛並みの子猫。

 何やら額に、胡麻粒大の光を灯している? 虫 ? 。。


「子猫が、喋る? マジか 」


ーー「あー、良かった。こんにちは、スタンさん。リーダーに代わりますね! うふっ。大成功ー」ーー


ーー「ちょっと静かにしてくれねぇか、嬢ちゃん。あー、スタン。俺だ。前に会った事があるんだが、覚えてねぇかな。「鉄槌」のリーダー、ミグだ。王都の冒険者だ。領主の命で、救出に来た」ーー


 こくりと喉を鳴らし、縋るような勢いで、スタンはしゃがみ込んだ。

 これが夢でも幻でも良い。

 気が狂ったなら、その方が幸せな気がした。


「た 助けて くれ るの か 」

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