第108話 岩蜥蜴 討伐 六

 出現ポップするゴブリンを、黒竜猫オプトが次々と屠ってゆく。

 パラパラ弾け飛ぶ魔石を追って、村人は右往左往していた。


 彼らの目に、オプトは映っていない。ただただドロップ品を拾う事に、全神経を集中させている。それが、もの凄く異様だ。


 ここは、二階層目の奥。

 袋小路になった枝道の突き当たりで、スタンは壁を背に蹲っていた。


 オプトの頭に止まっていた羽蟻は、スタンが立てた人差し指のてっぺんだ。それを見つめながら、ミグに状況を説明している。


 村人の大半はドロップ品の稼ぎが少なく、借金を重ねていた。スタンひとりの助力では、賄いきれない額だ。

 ダーレンは村人が必死に蓄えた小金を、酒と怪しげな錬金薬液ポーションに散財させて、あっさり巻き上げている。


 思い通りに稼げなくて、酒浸りに生きる者。

 錬金薬液ポーションの影響か、異常なほど感情を無くし、言われるがままになっている者など、スタンの手に余る状態だと唇を噛み締めた。


「できれば、すぐにを捕らえて欲しい。もう、限界っ……すまん。に騙されて、今の事態を招いたのは俺だ。俺のせいだった……五日、持ち堪えれば良いんだな」


ーー「そうだ。レオンにも、繋ぎはつけた。くれぐれも、ダーレンに気取られるなよ」ーー


 通信の最初に、妻子の無事と保護を聞いたスタンは、精神的にも回復を見せ、積極的に協力する気持ちになっている。


「わかった、よろしく頼む。それから  妻と娘の事、感謝 する」


 迫り上がるような涙声。あとは、噛み殺したすすり泣きがした。


ーー「ああ、気にすんな。立場が逆なら、あんただって同じ事をしたはずさ。適当にドロップ品を拾って、なんとか持ちこたえてくれ」ーー


「 了解した」


******

 通信を終えたミグは、起き上がれるまでに回復した村人から、周辺の地理を聞き取る。

 ダーレンの逃亡可能なルートは、すべて潰す意気込みだ。


 ダンジョンの穴蔵アリーナからは、細い山道で南側の開拓地に抜けるルートと、北側の樹海へ抜けるルートがある。

 ミトナイ村への道もあるが、本隊が麓に陣を敷けば塞がれる。

 今はすべてのルートが雪に埋もれているため、逃す確率は低いと思いたい。


「人質を取られたら、そうも言っていられないが 」


 ミグが見つめるタブレットに、周辺の地形が反映され、二箇所で点滅する点がある。

 ダンジョン内で静止し、青く点滅するのがスタン。方やダンジョン入り口の穴蔵アリーナで、脈打つように点滅する赤がダーレンだ。


を孤立させるには……こっそり周り村人を削って……人質候補に、ダンジョンで行方不明になってもらうのが、自然だよなぁ」


「方法は? 」と考えた所で、昼食用のスープ鍋をかき混ぜる小真希が目に入る。


 十代に入ったばかりの小柄な少女だが、見た目を裏切る怪力娘だった。見たこともない魔道具を持っていて、大精霊の加護があると聞いた。なかなか納得するのが難しい、不思議な存在だ。


「なぁ嬢ちゃん。入り口アリーナを通らないで、ダンジョン内へ入るルートとか、知らねぇか? 」


 領兵と正面からぶつかった場合。ダーレンの背後を突つくには、ダンジョン内部から仕掛けるしかない。

 スタンはダンジョン内で、村人を保護する役割がある。ダーレン目掛けて、特攻させるのはまずい。


 聞かれた小真希は、ホアンに小首を傾げて見せた。目線で問われたホアンが、ため息を吐きながら頷いた。


「抜け道はあるけど、けっこう遠いよ? 樹海の中を通って、秘密の通路を入ったら、転移陣までどのくらいだっけ? そこから二十階層まで降りて、その分また登るから」


「まいった。本当にあるんだ。ここから秘密の通路まで、何日で行ける? 」


「んー。どのくらいかな」


 考え込んだ小真希に代わり、ホアンが口を挟んだ。


「雪が積もっていなければ、通路の入り口までは、急いで半日です。通路から二十階層へ抜ける転移陣の部屋までは、半日と少々あれば 」


 悪人顔で微笑むミグ。とても嫌な勘がする、小真希とホアンだ。


「明日にも本隊が到着する筈だ。完徹完全徹夜覚悟で行ければ、賞金首ダーレンの背後が取れる」


(あぁやっぱり)と、小真希は脱力した。目の端に居るホアンも、肩を落としている。これで、雪中行軍決定だ。


(わたし、か弱い女の子なんですけどぉぉぉ! )


 たぶん言っても無駄なので、小真希は心の中で絶叫しておいた。


『クハハハハ。良い! 良いぞっ。やれれ! 』


 お気楽なのは、精霊だけらしい。。


******

 村人の世話をして、穏やかな一日が過ぎる。

 良い子の小真希は早寝早起きだ。

 早朝から気合の入った男たちにヘキヘキしながら、ウェドと朝ごはんを用意する。

 今朝からは動ける奥さんたちも手伝いに来て、随分と楽になった。


 黒ぶっとい微笑みを見せたミグは、本隊到着前に、雪中行軍の装備を整えている。ちなみに「鉄槌」のメンバーも、ミトナイ男組ホアン・ミズリィ・ウェド・リムも、せっせとリーダーミグに倣って装備の点検だ。


「コマキィ。準備は済んだの? 」


 心配してくれるウェドに頷いて、小真希はソアラの錬金薬液ポーションを仕分けしていた。

 回復錬金薬液ポーションが一番多い。少ないが、解毒錬金薬液ポーションと魔力回復錬金薬液ポーションも入っていた。

 

「ソアラって、頼りになるわぁ」


 怒らせると怖い少女は、気配りのできる優しい仲間だと思う。


 まだ明るい夕方。

 強行軍で進行してきた本隊が、ミトナイ村に到着した。


 さぁ。いよいよ岩蜥蜴の討伐が、始まる。

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