第109話 岩蜥蜴 急襲作戦 一

「無事の到着、何よりです。領主様」


 精力的に積雪と戦った工兵隊の尽力で、本隊は恙無つつがなくミトナイ村へ到着した。予定より半日は早い行程だ。


「村が壊滅状態だと聞いた。時間が経てば、取り返しのつかない状況だと判断したので、とりあえず急いで来た。貢献した兵の労いを頼む」


 硬質の皮鎧を外し、略式の部分鎧に着替えたモルター子爵と、甲斐甲斐しく子爵の世話を焼く領主代行アルノールに、従者が葡萄酒のお湯割りを配る。

 同行した衛生班の医師は、休む間もなく村人の診察に動き回っていた。


「現状の報告を」


 西門詰所で、唯一残っていた革張りの椅子に子爵モルターが腰掛け、対面したミグが状況を述べる。


 作戦本部に当てたのは一番広い部屋で、元は詰所の執務室だ。

 ここに「鉄槌」のメンバーと、ミトナイ組ホアン・ミズリィ・ウェド・リム、場違いな感じが半端ない小真希も参加していた。

 子爵の両脇には領主代行アルノールと、領兵隊の隊長が控える。


 探索者ギルド、冒険者ギルド、ミトナイ村の現状と、賞金首ダーレン捕縛に向けての作戦陳情を、子爵は静かに聞いていた。


 秘密の通路までは半日。その通路から二十階層までも半日と少々。二十階層から最短距離を走破すれば、穴蔵アリーナまで二日。。

 急襲予定日に、ギリギリ間に合うかどうかの行程だ。


「我々「鉄槌」が、二十階層から地上まで二日で走破できたのは、事実です」


 初めて「鉄槌」と出会ったのは、二十階層だった。あれから二日で地上まで上がっていたなんて、知らなかった。


「狩りをせず、一気に駆け上がれば、二日です。なんとか五日後。いや、四日後には、到達します」


 自信満々のミグ。工兵隊の雪掻きが半日で終われば、実行する勢いだ。


「作戦と急襲の必要性は分かった。だが、幼子が急襲に参加するのは、納得がいかない……あまりにコマキィへの負担が、大き過ぎないか? 彼女は、まだ未成年ではないか」


 小真希をか弱いと思っている子爵に、ミグや他のメンバーは、口の端をモゴモゴさせている。よく見れば、アルノールも変顔だ。

 

「あのー。喋っていいですか? 」


 他人に暴露されるより、こういうのは自分で申告した方が、ダメージは少ない。

 小真希も悟り切って、平気になったわけではないが、多少凹んでも、誠実そうな子爵に真実は伝えたいと思った。


「構わない。思うところを言って良い。君は幼いのだ。無理をする必要はない」


 普通ならそうですよねー。とは、言えない。自他共に、強さはピカイチ。誰もが認める大凶……違った。最強の戦力だと、胸を張れる。


「わたし、なぜか強いんです。力瘤はありませんけど。ダンジョンだって、ソロで一番深く潜っていると言えます。だから、心配は無用です」


 言えないが、最下層から帰ってきた。誰よりも、危険な場所で生き残った自信がある。かなり……いやいや、死ぬほど怖かったけど。。

 

(ラスボス黒竜猫オプトも、お持ち帰りしちゃったし )


 本当かと子爵がミグに視線を投げると、力強い頷きが返った。

 しばし眉間に皺を寄せ、目を瞑って黙考していた子爵は、仕切り直して表情を改める。


「あー、そうか……。くれぐれも、無理はしないように……さて、作戦実行には、工兵隊の投入が必要だ。だが、相当な無理をさせている。体力の回復に、一晩だけでは足りない。回復ポーションがあれば良いが、我が領には数が少ない。よって、ダンジョン内から背後を着くのは、いささか無理があるのではないかと 」


「あのー。回復錬金薬液ポーションなら、たくさんあります。仲間に錬金術師がいますので」


 反対する理由が無くなって、我に返った子爵が頷くまで、少々時間がかかった。


******

 秘密の通路の出入り口と、その周辺。。

 腰くらいまである雪の下から、独特な臭いが上がってくる。

 元気にひつこく咲いている魔除け草モルネリ草だ。


「臭いで、三倍くらい寒く感じる 」


 あの何とも言えないスッとした、ひりつく様な、確実に焦げ臭い。。

 鼻の中から肺の奥まで、極寒がしみ通る。


「すごいわぁ」


 強烈な臭いもさる事ながら、三列三段構えで掘り進む第一工兵隊の動きが、素晴らしい。

 掘り崩し、掬い投げ、踏み締める。何回かで前後の入れ替えをする動作が、まるでマスゲームの美しさだ。

 その後ろを、駆け足はできないが、普通にズンズン歩いて行ける。


「この分だと、うまく後ろを突ける」


 好戦的な雰囲気丸出しのミグに、小真希はちょっと遠い目になる。

 お布団大好きの小真希としては、暖かい場所から離れるなんて、拷問と同じだ。


 盛り上がる「鉄槌」の後を、何とかミトナイ組ホアン・ミズリィ・ウェド・リムも着いて行った。

 他に同行しているのは、ダンジョンから北へ抜ける獣道を封鎖する第一部隊。

 決行の前日まで、秘密の通路の小屋で、第一工兵隊と共に待機だ。


 南側への道は、第二部隊と第二工兵隊が待機。

 本隊は、ミトナイ村に第三工兵隊と陣を張っている。


「今度こそ、絶対に捕まえる。待ってろよ。ダーレン」


 並々ならぬ敵意が篭ったミグの呟きに、小真希は首を竦めた。

 延々と止まらずに歩き続け、休憩も無く、食事も歩きながら終わらせ。歩いて、歩いて、歩いて。。


「おぉ、あれが小屋か」


 予定時間をだいぶんオーバーして、夕暮れの灯りの中。雪に埋もれた小屋が見えてきた。

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