第110話 岩蜥蜴 急襲作戦 二

 小さな囲炉裏で火が踊り、ほっと一息つく。

 小屋の周りで雪壕を築いた隊員も、熱い白湯で温まっているだろう。 


「あんまり休んでいる暇はない。行くぞ」


 体力回復錬金薬液ポーションを一気飲みして、ミグを含むダンジョン走破組は立ち上がった。

 こちら側からは、初めて入る秘密の通路に、興味津々な小真希と「鉄槌」メンバー。それに、第一部隊隊長。。


「ご武運を」


 激励する隊長の顔は、ついて行きたそうにそわそわしている。

 代わってあげても良いのよと、言いたい。。そっとため息を落として、小真希はみんなの後に続いた。


 引き上げた床板の下は、荒く削った階段が急勾配で降っている。あまり頑丈でない地盤なのか、何回かに一回、崩れた土塊つちくれが落ちて行った。


「コマキィ、足元に気をつけてください。怪我でもさせたら、子爵様から叱られます」


 ホアンに心配され、ふと思う。心配の対象が何なのか、とてもとても聞き正したい。

 小真希が心配なのか。子爵に小言を食らうのが心配なのか。。

 アホなことを考えていたら、段を踏み外してよろめいた。


「ここからは、魔獣が出ます。かなり上位種なので、注意してください」


 先頭が「鉄槌」の斥候カートに替わる。ミトナイ組ホアン・ミズリィ・ウェド・リムが慣れているとはいえ、ダンジョンでは不測の事態なんて山ほどある。


 通路の地図は、昨夜のうちに小真希も覚えた。

 掘り進めた坑道に浅い枝道はあるが、基本は単純な一本道が、ダンジョンの隠し部屋にぶち当たって、偶然にできた通路だ。

 

「土龍が再発生リポップしているはずです」


 細かなホアンの注意事項を聞きながら、黙々と進む隊列で、小真希は後方のミグと並んで小走っていた。

 時々見上げるミグの横顔が、殺気立って見えるのは気のせいだろうか。


「なんだ、嬢ちゃん。落ちつかねぇな」


 ふと表情を緩めた大男ミグに、口からポロッと言葉が転げ落ちる。


「なんか、賞金首ダーレンに恨みでもあるの? 」


「っ! 」


 一瞬の強張りがミグに出た。非常に居心地が悪くなって、小真希は慌てて俯く。


「あー ……おじさんには、色々あるんだ。聞いてくれるな」


「ぁ、はい。了解」


 これはドラゴンの逆鱗を蹴りかけた。早急に忘れよう。

 こそこそとミグのそばを離れ、静かに走るウェドの後ろを着いて行く。あぶないあぶない。。


 半分駆け足で辿り着いた隠し部屋。宝箱を期待したが、何もない小さな空間だった。


「ここから出た辺りが、土龍の発生地です」


 カートが慎重に隠し部屋の扉を押し開けた先で、蠢く龍種の姿が見える。まだこちらには気づいていないが、そうそう回避はできない。


「ここはサクッと、俺たちが」


 前へ出たリムとウェドは、すでに詠唱を完了している。


「ほぉぉ。お手並み拝見」


 先に出たふたりの横へ進み出て、魔導士ジーンも最大級の土槍を発動した。


「行きますか【大地の楔よ。我が敵を貫け。土槍アースランス


「よっしゃっ。⁑§‖§〻√∴≧破砕流


「行け。‰≧∬§∽≧√§≦≦風爆嵐


「ぅわぁ。お前ら、容赦ない」


 リムとウェドの過剰攻撃にジーンは呆れ返るが、掘り返され、押し流されて巻き込まれた土龍を、瞬く間に貫く土槍アースランスは、容赦しているのだろうか。


「これって、ソアラに報告案件よね」


 ちょっと楽しそうな小真希に、ふたりリムとウェドが顎を落として固まった。 


「行きますよ」


 ホアンに促されて、再起動するふたり。息をするのも忘れていたのか、とっても長いため息が漏れた。


 とてつもなく臭い転移部屋を走り抜け、なだらかな坂道を走る小真希が、前方に極大魔法をぶっ放す。


Gなんて! 絶滅すればいいのよぉぉぉぉ! 」


 辺り一帯にトゲトゲのひょうが降り注ぎ、黒光りする魔獣がカサカサと湖向けて大移動する。

 火礫を降らせてソアラに叱られてから、小真希は氷礫を降らせる事にした。学習は大事だ。


「豪快だな、嬢ちゃん」


「なんと言うか……凄まじい」


「ここまで嫌われるとは」


「あー、ある意味、切ない? 」


 それぞれの感想を述べる「鉄槌」は、駆け足を止めない。

 ここから延々と始まる持久走に、皆は改めて気を引き締めた。


******

 小真希たちがダンジョンに潜って、二日が過ぎた。

 今日もスタンは村人を連れて、一階層の奥を目指すつもりだ。


 潜る準備をする村人を待って、穴蔵アリーナの奥へ向かうスタンの足に、いつの間にか黒の子猫がじゃれついてきた。


「いつもありがとうな、オプト」


『なぉぉぉ〜ん』


 レオンから子猫オプトの名を聞いた。ただの猫ではなく、魔獣だとはすぐに気づいたし、相当に強いとも知った。

 見かけの可愛さに騙されてはいけないと、笑顔になる。


「何かいい事でも? スタンよぉ。俺の目を盗んで、どんな悪巧みをしていやがるんだ。ぁあ? 」


 背後から聞こえてきた低い濁声に、スタンの身体が凍りついた。


「コソコソしやがって、なぁに企んだ? なぁ、言ってみろや」


 スタンの喉が引き攣る。

 執拗に肩へ回った腕が、絡みつく蛇のように悍ましい。


「過不足なくドロップ品が増えるなんざ、おかしいと思わなかったか? るいんだよ。テメェのやり方は。 何を隠してやがる」


 肩を組み、まじかに囁くダーレンの息が、恐怖を誘った。


「ま、どうでも良いがよ。俺ぁ、飽きちまった。こことは、おさらばだ」


 トンと突き飛ばされて、スタンはよろめいた。そのまま体重を支えきれずに、崩れ落ちる。

 ずんと、脇腹が熱くなり、息が詰まるほどの激痛が襲ってきた。


「もうお前 いらねぇわ」

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