第111話 岩蜥蜴 急襲作戦 三

 残酷な描写があります。


******

 小真希たちがダンジョンに潜って、二日が経った。


 早朝の探索者ギルド。

 訪れる者がめっきりと減った夜間受付で、レオンギルマスは落ちてくる瞼を擦った。


「今日さえ、無事に終われば……」


 何年も煮湯にえゆを飲まされてきた。

 のらりくらりと躱されているうちに、ミトナイ村は支配されていた。


「どうか、あいつを排除してくれ。その為なら、なんだってする」


 助けたくても手が届かなかった事など、星の数ほどあった。だからこそ、どうか。。そう祈る。


「お疲れ様です、ギルマス。受付を開始しました。休んでください」


 傍に来たライランが、朗らかに挨拶する。その肩越しに、窓口で待機する受付嬢の姿が見えた。

 今日も不穏な空気が満ちている。それでも彼女たちは、無茶振りする者や苦情をぶつける者などを、軽く捌いて柔らかに微笑むのだろう。


「すまんな。ちょっと仮眠するわ。何かあったら、必ず呼んでくれ」


 さすがに連日の徹夜は堪えると、仮眠室へ転がり込む。

 上着を着たまま毛布を引き上げれば、微睡む暇もなく寝落ちした。


******

「もぅ、無理して夜勤ばかりするから」


 レオンの背中を見送って、ライランはいつもの席に着いた。

 今までなら、多くの者が先を争って受付に並んだ。


「はぁ、少なくなったわ」


 パラパラと入ってくる探索者の数は少ない。

 ミトナイ村の住人と揉め、穴蔵アリーナに居座った冒険者ギルドの強面ダーレンに脅され、他所へ移った者は多かった。


「何とかならないかしら。せめて、揉め事を起こさないで、距離を置いて欲しいけど 」


 手元のメモを仕分けし、今日の依頼書を仕上げる。

 訪れたいつもの顔ぶれに適性の依頼を振り分け、カウンター越しに新しい顔を幾人か見かける。


「新人 では、なさそうね」


 しっかり鍛えた体躯は、中堅どころの探索者に見える。ただ、依頼を受ける様子もなく、少人数でたむろしているのが不可解だ。


(ギルマスに報告しようかしら)


 さっき仮眠室に入ったばかりのレオンを、起こしたくないと躊躇する。


「すいません! スタンさんが倒れましたっ。助けてくださいっ! 」


 走り込んで叫んだのは、ミトナイ村の若者だ。

 真っ直ぐに自分ライランの窓口へ向かってくるのへ、ものすごく嫌な予感がする。


「お願いですライランさん、早く来てくださいっ。お願いします! 」


 カウンターを乗り越える勢いで縋りつく若者に、嘘はないと思う。


「ライラン、念のため薬箱を持って行って」


 隣りの窓口の同僚が、後ろの棚から錬金薬液ポーションやら包帯やらが入った小箱を持ってきた。


「一通りのポーションは、入れておいた」


「わかったわ。あなたはギルマスを起こしてね」


 カウンターを回ってフロアに出たライランの手を掴み、ミトナイ村の若者は強引に走り出す。


「待って、引っ張らないで」


 どうしようもなく膨らむ不安に、ライランは顔を顰めた。


 雪がこびりついて氷になった石畳は、足元を不安定にする。

 何度も転びそうになるライランの手を離し、若者は抱えるように運んで行く。

 たどり着いた穴蔵アリーナの奥に、人だかりができていた。


「通してください。どうされました? 」


 壁になった人をかき分けた時、倒れているスタンが目に入る。

 慌てて傍に膝をつき、ライランは息をのんだ。


「何が あった の」


 横たわるスタンの脇腹に深々と刺さった短剣があり、今もジクジクと血が滲み出している。もしも引き抜けば、一気に噴き出す傷口だ。

 開けようとした傍の薬箱を誰かが蹴り飛ばし、ライランの手が空を掴む。

 見上げた先には、歪んだ笑顔のダーレンが見下ろしていた。


 血の気が引いて耳鳴りがする。

 クラリと襲いかかる目眩を、ライランは気合いで押し留めた。


 穴蔵アリーナに住み着いたこの冬から、ひつこく絡むようになったダーレン。

 身の危険を感じて、ずっと避け続けていたのに。。


「やぁっと出てきたな、ライラン。会いたかったぜぇ」


 唖然とするライランの首に腕を回し、ダーレンは流れるようにスタンから短剣を引き抜いた。

 噴き出す血飛沫が、ライランの胸を濡らす。


「ぁ、やめて! 」


 囲んでいる村人は、呻くスタンを見ても反応が無い。

 

「テメェら、さっさと魔石を集めて来い。ドロップ品ぁ稼ぐまで、ぜってぇ上がってくんな。行きやがれ! 」


 ヘラヘラ笑いながら命令するダーレンに、村人は無表情のまま従ってダンジョンへ歩き出す。

 ライランを呼びに来た若者も、虚な表情で背中を向けた。


「まって 誰か 錬金薬液ポーションを。お願い、スタンさんにポーションを」


 村人の反応が無いまま、ライランは首を拘束されて引きずられた。その体勢で、出口に向かって歩き出したダーレンが、唐突に立ち止まる。


「こそこそしやがって。ダーレン、逃がさないぜ。ライランを離して、降伏しろ」


 穴蔵アリーナの出入り口を塞いだレオンの後には、見慣れない顔ぶれの探索者が散開していた。


「そうかい。探索者ギルドのマスターが、余興でも始めようってか? 面白い。久しぶりに、遊んでやっか」


 ライランを盾に、ダーレンが凶悪な笑みを浮かべ、スタンの血が滴る短剣を持ち上げた。


******

 黙々と持久走を続け、必要最低限の休憩を挟み、小真希たちは、ようやく二階層から一階層への階段を登っていた。


「はぁ……乙女の 尊厳 どこ 行ったの 」


 切れ切れになりそうな思い出に、虚ろな引き攣り笑いが混じる。

 思い出したくもない、耐久走行の日々。。


「一本 いっとく? 」


 横合いからリムが差し出した回復錬金薬液ポーションを、小真希は惰性で飲み干した。

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