第112話 反撃

 ダーレンが蹴り飛ばした小箱は、床のひび割れに引っ掛かって跳ねた。

 何度か転がるうちに留め具が外れ、中身が散乱する。


「やぁっと出てきたな、ライラン。会いたかったぜぇ」


 ライランの首に腕を回し、流れるようにスタンから短剣を引き抜く男と、血飛沫で染まる受付嬢ライラン黒竜猫オプトは見上げた。

 驚愕に顔を歪める女の人は、よく知っている。


「ぁ、やめて! 」


 囲んでいる村人は、呻くスタンを見ても反応が無い。

 

「テメェら、さっさと魔石を集めて来い。ドロップ品ぁ稼ぐまで、ぜってぇ上がってくんな。行きやがれ! 」


 ヘラヘラ笑いながら命令するダーレンに、村人は無表情のまま従ってダンジョンへ歩き出す。


「まって 誰か 錬金薬液ポーションを。お願い、スタンさんにポーションを! 」


 横たわるスタンの頬を鼻先で突ついていた黒竜猫オプトは、必死に叫ぶライランと目が合った。


 カウンターに行けば、いつも干し肉をくれる、大好きなライラン。

 コテンと首を傾げたあと、黒竜猫オプトは何度も動くライランの視線を追った。


 凍った石畳に散らばる小箱の中身に、黒竜猫オプトが見慣れた小瓶を見つける。

 これまた美味しい物をくれる、優しいソアラを思い出した。


 スタンほど大量ではないが、切り傷で血を流す失敬な奴らリム・ミズリィに、飲ませていた物だ。

 匂いを嗅ぎに近づいて、そっと前足で瓶を転がし、ライランを見上げる。

 黒竜猫オプトを見つめるライランが、泣きそうな顔で頷いた。

 

「こそこそしやがって。ダーレン、逃がさないぜ。ライランを離して、降伏しろ」


 「そうかい。探索者ギルドのマスターが、余興でも始めようってか? 面白い。久しぶりに、遊んでやっか」


 大嫌いな匂いがするダーレンにライランは振り回され、見知ったレオンと知らない男たちが喧嘩を始めた。

 それはそれとして、黒竜猫オプトの関心は、足元の小瓶に集中している。


『なおぉぉぉ~ん …… 』


 新しい遊びを思いついたように、黒竜猫オプトは小瓶を転がしてスタンの顔に運び始めた。

 ランダムな方向へ転がる小瓶を、床にあるスタンの顔へ運ぶのは、なかなか難しい。小魔獣ラットを追い詰める時と同じに、面白くて興奮する。


『お前、早くせんと、こやつが死ぬぞ? 』


 横たわるスタンの上空に現れた精霊が、優雅に寝転びながら右の人差し指をクイクイっと曲げた。

 一直線に転がった小瓶を追って、黒竜猫オプトも走り出す。


『蓋を開けて、早よ飲ませてやれ。本気で死ぬぞ。お前の仮親コマキィが、がっかりしても、知らんぞ』


 小真希の名前に反応して、オプトは遊ぶのを止めた。

 小瓶はスタンの口元で立っている。ふと、蓋を開けて飲んでいた失敬な奴らリム・ミズリィが頭にチラついた。

 しばらくお座りしたあと、黒竜猫オプトはスタンの顎にくっついて、小瓶の蓋に照準を合わせる。


『フシャァッ! 』


 鋭い光線が、綺麗に飲み口を切り飛ばした。揺れる小瓶を前足で弾くと、コロリと口元へ傾く。

 いくらか零れはしたものの、スタンの喉がコクリと上下した。

 盛り上がるように溢れていた脇腹の血が、流れを止める。


「 オプト ありがとな」


 だらりと伸びたスタンの手の先には、もう一本小瓶が転がっていた。

 黒竜猫オプトが眺めるなか、スタンは思い切り腕を伸ばして掴み寄せ、蓋を開けて一気飲みする。

 紫になっていた唇に、赤みが戻った。


「もう、好きにはさせねぇ」


 回復途中でふらつく足を踏みしめ、覚束なく立ち上がろうとしたスタンから、黒竜猫オプトは距離を取った。


******

 一階層まで駆け上がった小真希たちは、へ差し掛かる。

 ここからは一本道だが、薬草エリアの分かれ道までは幅が狭い。


(やっと やっと 着いた ぁ )


 最初は手分けして、交代で迎撃しながら突っ走った。ただ、無尽蔵に襲い来る魔獣に、行手を阻まれ続けた小真希が、キレた。


 狂戦士化した者に周りの静止は役に立たず、小真希の殲滅が始まる。

 調子に乗って蹴散らし続け、走行距離は稼げたものの、疲労と眠気は、回復錬金薬液ポーションで誤魔化している。


(全部終わったら、美味しいもの食べる! 食べたら、絶対 寝る! )


 三代欲求のふたつまで削った代償に、欲しいものの妄想が膨らんだ。


 薬草エリアの分岐点まで縦一列で走る先に、おぼつかない足取りの集団が歩いてきた。


 結構邪魔だなと、寝不足の頭で小真希は唸った。

 寒いのに汗臭い集団を、できるだけ丁寧に掻き分ける。


(もおぉ、ほんっと邪魔! )


「おっし! もうすぐ出口だ。慎重にな」

 

 ミグの指示で、小走りながら獲物武器を手にする面々。。

 穴蔵アリーナ手前の広間に出て、全員が出口の両脇へ身を隠した。


「は? なんてこった」


 思わず声を漏らしたミグが、片手で口を押さえる。


 皆でこっそり覗いた穴蔵アリーナは、ライランを人質にしたダーレンが、レオンと数人の男を相手にり合っていた。

 そのダーレン後ろで、血塗れのスタンがよろめきながら立ち上がろうとして、崩れ落ちる。倒れた加減で足が小箱を蹴り飛ばした。


「あぁ⁉︎  」


 レオンの切先を弾き返したダーレンが、物音に身を低くして振り返る。

 顔を背けたダーレンに、背後からスタンが切りつける。それを振り向きもせず、襟首を掴んだライランを突き出して防いだ。


 鼻先で止まった剣先に声も出ないライランと、驚愕で固まるレオン。


 方やミグと眼が合うなり、ダーレンは歪んだ笑いを浮かべた。


「テメェら、どうやって… はっ、どうでもいい。面白れぇな。ははっ」


 ミグと向き合ったダーレンは、側面に回ったレオンの突きをかわし、ライランの首に短剣を突きつけた。


「ははははははっ! つまんねぇ、こいつライランで遊ぶ暇がなくなっちまった。あぁぁあ、邪魔になった。もうコイツ、いらねぇわ」


 ライランの首に当てた短剣を、くるりと逆手に持って胸を突こうとする。


『シャァァァッ! 』


「ぎゃっ! 」


 閃光が閃き、短剣ごと手首が切り飛ばされ、ダーレンは悲鳴をあげた。

 飛びかかったミグがライランを引き寄せ、手を伸ばすダーレンをスタンが阻む。


「捕えろ! 」


 迫るホアンとミズリィを振り切ったダーレンが、躓いたように膝を崩した。


「逃すかっ! 」


 這いずりながらダーレンの足を掴んで、スタンが吠える。


「クソッタレッ! 離しやがれ! 」


 群がる男たちに捻じ伏せられたダーレンは、拘束の首輪を嵌められた途端、獣のように絶叫した。


「  終わっ た のか? 」


 身体は起こしたものの、呆然と座り込んだまま、スタンが呟く。


「ああ、終わらせてやった」


 吐き捨てるようなミグの言葉に、笑いながらスタンが泣き始めた。


「……えぇーっと。わたし、なんでダンジョンに潜ったんだっけ? 」


 走っただけの気がする小真希。自分は必要だったのか疑問に思う。


「あー。コマキィが居たから、みんなここまで来れた? とか? 」


 リムの解説に、なんとなく、モヤモヤする小真希だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る