第113話 ギャフンのゆくえ。。。

 拘束の首輪で大人しくなったダーレンと入れ替わりに、領軍の一隊が流れ込んできた。

 穴蔵アリーナに残された小屋や、連れ出された村人の捜索を始める。


 足首に頭を擦り付けて甘える黒竜猫オプトを、小真希は優しく抱き上げた。

 ホワホワと手触りの良い毛並みに頬ずりして、顔がニヤける。


「大活躍だよ、すごいね。さすが、わたしのオプト」


 ベタ褒めの小真希に、ゴロゴロ喉を鳴らす。


「あとは任せて、我々は撤退しよう」


 色々と気にはなるが、捜索隊の邪魔はできない。

 ミグの指示で、フラフラしているスタンにミズリィが肩を貸し、ライランを抱えたレオンの後に着いて、全員が外へ出た。


 中腹にあるダンジョンの出入り口から、朝日に照らされた地平の果てまで見渡せる。

 麓にはズラリと領兵隊の布陣が見え、坂道は兵士の列で埋まっていた。


 背後の山に遮られ、この場に直射日光は届かないが、見渡す限りの景色は晴天に輝いている。


「これで、家に帰れるのね」


 しみじみと呟く小真希。。

 何もない開拓地が恋しい。とっとと帰って、お風呂に入って、いっぱい食べたら、思い切り寝たい! 。


 両手でガッツポーズをする小真希の背後で、ニマニマするふたりウェドとリムは目配せを交わした。


「あれ、絶対に食べる事しか考えてないよね。子供だしぃ」


「聞かれたら、まずいと思うよ。声が大きいって、リム」


 ザッと音がするほど勢いよく、小真希が振り返る。

 すかさず顔を背け、知らん顔のふたりウェドとリムは、どう見ても挙動不審だ。


「さ さあ、早く行くよ」


 最後尾にいた「鉄槌」のジーン魔導士が、声を震わせて小真希を促した。

 笑いを堪える腹筋の練度が、まだまだ甘い。


「ギルマス、領主様が到着されました。「鉄槌」の皆様、及びミトナイ村の皆様方も、早急に出頭するよう仰せです」


 慌ただしく駆け寄ってきたギルド職員は、レオンを見つけてホッと緊張を緩めた。そのまま案内してくれるらしい。

 ライランは心配げに寄ってきた同僚に抱えられ、医務室へ向かった。


「行くぞ、みんな」


 肩の荷を下ろしたような穏やかさで、ミグが歩き出した。

 通い慣れたギルドに来れて、小真希も思わず頬を緩める。もう、追放された罪人じゃない。

 上がった事のない三階に案内され、小真希の好奇心は爆発寸前だ。

 ふかふかの絨毯を敷き詰めた廊下に、足取りが弾む。


「よくぞ参った。此度の活躍、しかと見届けたぞ。今ここで、報奨の確約を結んでしまおう」


 通された部屋で待っていた子爵モルターが、開口一番、いい笑顔で言い放った。


******

 ダーレン捕縛から一夜明けた早朝。

 願い通りの報奨を授かった小真希たちは、引き止めるレオンに礼を述べ、帰途に着いた。


 開拓地は、ミズリィの背丈よりも深い雪で埋まっていたが、もちろん帰路は、秘密の通路だ。

 第一工兵隊がダンジョンまで除雪した道を逆行し、樹海にある秘密の小屋から地下道を通って、すんなり帰って来た。


「幸せぇ〜」


 それから二日。

 小真希は高台の家で、朝寝を満喫しながら、まったりと寛いでいる。

 

「コマキィ! いい加減に起きなさ〜い。レオンさんに、朝ごはんを食べられちゃうわよー」


「え゛」


 階下から響いてくるソアラの呆れ声に、ギョッとして飛び起きた。


『フシャァァァ! 』


 掛布に乗っていた黒竜猫オプトが、床に転がり落ちて潮を吹く。

 慌てて着替え、転がるように一階まで駆け降りる小真希を、不機嫌に鳴く黒竜猫オプトが追いかけた。


「ダメよ! わたしのご飯っ」


 居間の中央を占めるテーブルで、ソアラ特製の卵サンドパンに大口を開けてかぶりついたレオンと、階段を駆け降りてきた小真希の目が合った。


「ぎゃっ! わたしの ご飯っ」


 床に崩れ落ちそうな小真希を見ながら、我関せずとレオンは黙々と食べ切る。


「はいはい、座って。冗談だから」


 朝食のプレートを持ってきたソアラが、軽い調子で小真希の肩を叩いた。

 暖炉の前で屯っている男組ホアン・ミズリィ・ウェド・リムは、食後のお茶を片手に、なんとも言えない表情で笑いを堪えている。


 ケイロンとマリウスは、窓際の長椅子に腰掛けて、手持ち無沙汰な様子だ。


「もうそろそろ、二度寝はやめた方がいいと思う」


「まぁまぁ、コマキィは頑張ったんじゃ、労わってあげねばな」


 優しく諭すレダに、村長ミトナイは庇ってくれたが、食べ物のショックは大きい。

 凹んで座り込む小真希の前に、焼きたてシプレンの皿と、大盛りな朝食が置かれた。


「はい、今日は特別よ。しっかり食べなさいね」


「おー。ソアラ大好き! 」


「はいはい」


 しっかり甘々なソアラだ。

 オプト用の台に、味付け無しで焼いた魚も置いて、ソアラは小真希の向かいに座った。


「みんな揃ったところで、後処理の報告をしよう」


 ソアラ特製の薬草茶を飲みながら、レオンが話し始める。


「ダーレンと居た村の男どもだが、身体に奴隷紋を刻まれていた」


 ダーレンはまじない師の一族で、人身売買もする半遊牧民だったらしい。

 砂漠で遭難した旅商人や、切り捨てられたはぐれの遊牧民を隷属化して売買する。そんな一族だ。


「自分の妹も、隷属させていたな」


 領主街でスタンの妻娘を監禁し、領主に呪いをかけた女が妹だった。

 隷属化された村人は、領主に保護されて領主街に移送される。そこで辺境伯家の魔導師に、解呪してもらえるまで、留め置かれる。


「ミトナイ村に居た冒険者ギルドの連中だが、どうやらダンジョンに潜ったまま帰っていない。捜索隊が発見するまで生きていればいいが……それと、ルイーザは意識不明の重体でな。助かればいいが何とも言えん」


「ぁ……ギャフンと言わせるの、忘れてた」


「コマキィ 」


 残念な視線が集中したのは、言うまでも無い。。。。。

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