第135話 小真希 辺境伯と語らう

 麗らかとは言い難い薄曇りの朝。

 もうそろそろ春なのではと思うのに、なぜか寒い。

 ご機嫌に小真希の世話をやくスーザンに起こされ、サーラの見守る中、朝の身支度を終えた。


「午後から辺境伯様が、お越しになります。昼食の後で、お召替えをお願いいたします」


「えぇぇぇぇ もぉぉぉー はぃ 」


 小真希にとって、辺境伯はくらい。とっても苦手な相手だ。

 ただし、苦手であっても、避けては通れない難関みたいなもので、仕方がないと諦めている。


 小さく肩を揺らして笑いを堪えるサーラは、頭ごなしに注意はしない。


「お嬢さま。ここは『そう、お願いね』と、おっしゃってくだされば、満点でございます」


「え。そう、お願いね? 」


「はい。かしこまりました」


 やり直しに微笑むサーラは、とっても優しい。そんなサーラを見て、何やらスーザンはメモをとっていた。

 真面目なのか、サーラの信奉者なのか。。元気でなりより。


 朝食は決まったメニューで量も程々。パンにスープ、サラダに卵料理。ときたま旬の果物がつく。

 今朝も大変に美味しゅうございました。うまうま。。


 本宅でお客様がいない昼食は晩餐扱いで、略式のフルコースだ。食前酒の代わりにハーブティー。ポタージュスープから始まって、肉類もしくは魚のソテー。彩りの良いサラダと、キッシュ類。果物のフランベかソルベのデザート。または暖かいパイで締めくくる。


 お客様が滞在している時の晩餐は、夜にご馳走だ。

 コースに肉料理も魚料理も出るので、肉と魚の間に口直しする根菜の飴煮グラッセと酸味のあるソルベが出る。


 どちらにしても、小真希は別館でおひとり様だ。


(家庭教師のミセス・エバンズが、体調不良で辞めちゃうし。あれからずっと放置されてるかも……楽でいいけど )


 前の世界。ちょっとお高い店で、アフタヌーンティーをご馳走になったことがある。

 三段の皿に乗った数種のプチケーキと一口サンド。色とりどりのアイスやゼリーが美味しかった。

 でも、貴族家のって、の塩揉みが挟まってるだけの、味気ない物だった。


 ショックぅぅぅ。。

 まぁ、それはそれとして。


 午前中にダンスの実践授業を終えて、普通の昼食だ。

 ベーコンとチーズ、丸パンに野菜スープの昼食が終わった後、お客様辺境伯を迎える準備に、ソフトコルセット必須のドレスを着た。

 これ、本式のドレスだと、昼食は抜くらしい。

 極限まで細いウエストに仕上げるため、ギッチギチに締め上げるそうな。。南無。。。


(まぁね。卒業したらバイバイだし。関係ないけどねー)


 呑気な小真希だ。


 成人前のディドレスは、光り物抜きで、簡素なリボンかレースのお飾りでアクセントをつける。

 今日はおとなしく見える明るめの紺色。お飾りはサーラが用意してくれた、とリボンのコサージュだ。

 お茶の香りを邪魔してはいけないそうな。難しい。。


 別館には、小さいながら接客用のティールームがある。

 尋ねてきた辺境伯と話し合うには、最適な場所だ。たぶん。


「お部屋で待機いたします。ドア側のソファーの横で、立ったままお迎えをなさってください」


 下座かぁ と、頷く小真希。この頃は、立ち姿も綺麗になったと自負している。


「伯爵様が席に座られて、許可を受けてから、お嬢様もお座りください」


「はい 分かりま  ったわ」


 言葉の使い分けが、こんがらがるぅ。。


 本館と繋がる半地下の扉が開いたと、スーザンが報告に来た。

 そろそろ本番だ。


「待たせたか? 」


 接客室の扉が開き、記憶にある辺境伯が入ってきた。後ろに続くのは、家宰のアルバン・クライス。


 どっかりと腰掛けた辺境伯の後ろに立つ、おっかないおじさん大っ嫌いなものランキング第四位だ。


 ちょいっと顎で座るよう辺境伯に示され、ドレスの皺を気にしながら、浅く腰掛ける。


 案内してきた家政婦長シシィ・モンゴメリが、お茶をセッティングして壁際に下がった。

 サーラとスーザンは、扉横で待機だ。


「生活は慣れたか? 必要なものがあれば、うちのアルバンに連絡せよ。 とは言うものの。優秀すぎると、伯爵シンプソンからクレームが来たわ」


 豪快に笑う辺境伯に、どことなく不穏な気配がして、小真希は身構えた。


「よって、本日只今より、お前は我れの養女となった。荷物は後ほど届くよう手配している。明朝には出立だ。伯爵夫妻に挨拶しておけ」


「え  なんで? ですか」


 発言の許可が出ていないので小真希の失言だが、機嫌の良さそうな辺境伯は笑って見逃した。


「先ほども言っただろう。優秀すぎて、手に負えんそうだ。何をやらかしたかは、詳しく聞いている。文より武に優れているようだ。辺境の娘としては、使い出がある」


 なんだか物のように言われて、小真希の神経が軋む。

 絶対に、何があっても、反抗したくなる。


「使い出がある? って、どう言う事ですか。わたし、貴族になる気なんて、無いですけど。そんな約束、してませんよね」


 思ってもいない返事だったのだろう。辺境伯の悪どさが、倍になった気配がする。


「貴族の身分は不服か? 平民より、よほど恵まれておるぞ。たいていの者は、喜ぶが」


「わたし、じゃありません。今の暮らしがいいです。気楽だし、自由ですから」


 即答した小真希と、辺境伯と、家宰以外はハラハラしている。

 平民が、差し出された身分と豊かさを蹴るなど、思ってもいなかったのだろう。


 しばし考え込んでいた辺境伯が、フッと表情を緩めた。


「ならば、交渉しよう。此度の騒動が収束するまで、の配下となれ。さすれば、褒美を取らそう。例えばだが、元の開拓地をお前のものとする、とか。の交易から上がる利益の一部を、お前にやる、とか。協力するなら、考えんでもない」


 とてもとても黒くて、闇が濃い悪人顔の笑みだ。


『マスター。確約の誓文書を、国の紋章院へ提出して貰いましょう。必ず、同伴での提出です』


 目の前の辺境伯より、黒々しいの囁きがした。


「えっとぉ。紋章院に確約の誓文書を、わたしと一緒に提出してくれるなら、辺境伯様のになります」


 嵌めてやろうとして、あっさり嵌められた辺境伯。その後ろで口が塞がらない家宰アルバン・クライス。あんぐりする家政婦長とサーラに、意味がわからずポカンとするスーザン。


 うん。混沌……かな。。

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